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2016.10.11

【芝居】「狂犬百景(2016)」MU

2016.10.1 19:00 [CoRich]

2014年初演作の改訂再演。休憩を無くした130分、10日まで三鷹市芸術文化センター星のホール。

犬がゾンビ化して人間たちがおびえて暮らすようになる、という世界での人間たち。自分の命の次になにを一番大切なものとして考えるか、過去への想い、犬そのもの、仕事で認められること、快感などそれぞれ。ある程度までは「正義」かもしれないけれど、何かの一線を越えてしまうとあぶり出されてくる狂気。

「犬を拾いに」は物語の背景である狂犬が世間で認知され始めたころで、それほど深刻なものとはとらえられてないころの描かれ方。私たちの日常のコンビニの延長線上から始まる助走のように、静かにしかし確実に転がり始める物語。初演ではコミュ障という設定だった妹が、もうちょっとずぶとく専門学校を中退して悪びれない、という設定になっていて、これはこれでどこかリアルな感じもします。

初演(「部長は荒野を目指す」)では別の作家との共同脚本だったものを改訂改題した「グッドバイブレーション」は大幅に変更になっていて、不倫とか女癖がずぶずぶだった男は専務になり、この組織のリーダーである部長は仁義に厚い女性、という変更に。どの女とも寝るようなある種クズな男だけれど、そこから受けるのが何かクリエイティビティを刺激し救われるのだというのはあまりにファンタジーだけれど、不倫だってなんだって大人なんだから女だって自己責任、それは自分の糧になっているのだ、と言い切る女性の存在が、単に男の夢物語ではなくて、ある種の真実を描き出しているように思っちゃうのも、また男のファンタジーなのかもしれません。

「漫画の世界」は作画のためだったはずの犬の撲殺描写を繰り返していくうちにこの小さな4人のコミュニティの中では日常であり共有すべき快感になっていくこと、それはまだ世間からは隠しておくべきという認識はあるけれど、その衝動は抑えられなくなっている彼らを描く三本目がもっともインモラルで嫌悪されそうな一本だけれど、これこそがおそらくはこの連作の要となる一本。 見た目にはもっとも狂っているようにみえるけれど、自分たちは狂っているのかいないのかということを自省する姿はどこか冷静で、それがまたとんでもなくリアルを感じさせるのです。

「賛美歌」はいわゆる愛護センターの譲渡会のスタッフと来場者たち。もう狂犬の増殖は抑えきれないところまできていて施設も設備もスタッフもパンクする絶望的な状態なのに前向きに働く職員やボランティアたち。 いっぽうで、狂犬になる前に今飼ってる老犬を「下取って」別の子犬と交換してほしいと言うカップルのヤンキーな描写はちょとすごいし、それに腹を立てた女が狂犬をその家に投げ込んでやろうと言い出すのはどこか戦争というか終わらない憎しみの連鎖のはじまりを見ているよう。 さらには、その地下にいる血塗れの人々が、3話で犬を撲殺していた4人で、それを実行したのが犬を守りたい一心の3話のカメラマンというのは物語のキモで、こうなるとどちらが狂気じみているかわからなくなってくるタイトをもって、私たちの前に突きつけられるのです。

黒岩三佳が歌う賛美歌が美しく、しかも一途さゆえに静かに狂っていく繊細なグラデーションが見事。コンビニ店員の妹を演じた長尾友里花の若者感も細やか。佐野功が演じた沈着冷静な社員もかっこいい。 製菓会社の企画開発部長を演じた古市みみが終盤に啖呵を切るのが実に格好良くて絵になります。

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