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2015.12.31

【芝居】「鵺的第一短編集」鵺的

2015.12.20 19:30 [CoRich]

23日まで新宿眼科画廊。90分。

 結婚した妹によく似ている女を恋人にした男。しかし女は男が妹を女として愛していることを知っている。「ふいにいなくなってしまった白い猫のために」
一人の女をめぐって二人の女が取り合っている。取り合いになっている女は自由でいたかった。「くろい空、あかい夜、みどりいろの街」
恋人として暮らしている男二人。片方は女でも男でもチャンスがあれば他人と寝ていて、通りすがりの女が恋人気取りで家までおしかけてくる。「ステディ」

同性愛などのセクシャルマイノリティや近親相姦を交えた2人3人4人芝居で構成される短編集。無機質な雰囲気のテーブルであったり、シンプルなローベッドであったりというシンプルな舞台で演じられます。

「ふいに〜」は目の前にいる男が本当に愛している相手が自分ではないのを知っていて、でもそれでもよくて。会話が進むうちに、女が愛しているのもまた男ではなくて、愛している女そのものに自分がなりたいというねじれっぷり。表面的にはこの二人は愛し合ってる体裁だけれど、その向こう側に共有する恋人がいる、というのはちょっとした物語の驚き。女を演じた堤千穂は可愛らしく、しかも真っ直ぐ。目の前に居る男の向こう側に見えている恋愛対象という意味では会話していないという役という意味で役者としての孤独な作業をしっかりと。男を演じた杉木隆幸、こちらも真っ直ぐにしかし自分の事を多くは語らないというのは男、という造形をしっかり。この二人がテーブルを挟んで会話するというシーンが、実にねっとりと色っぽいのが新たな発見なのです。

「くろい〜」は女を取り合う女たち、若さゆえか取り合いされる強気の女というちょっとヤな感じをめぐりつつ、もうひとつ、近親相姦であったりあるいは経済力という軸があとから次々と出てくるのは少々後出しじゃんけん感はあれど、そのカオスな感じがおもしろかったりもします。

「ステディ」は同性愛の男ふたり、片方に惚れた女、レズビアンの女というセクシャルマイノリティを置いた物語ではあるのだけれど、この中でマイノリティではない性的指向を持つ女という役がすごい 。それは性的指向として理解できないことを「このノーマルでない人々であって、そうでない自分は正しい」というバイアスに凝り固まっていて、 何を云っても自分たちに都合のいいことしか聞こえないというバイアスでしかしゃべれない女というのがすごい。 会話を書くのが仕事の劇作家なのに、こんなに長い時間「会話にならない人物」を舞台の上に置き続けるという腕力。それを演じたるとみやまあゆみも共犯者だけれど、きっちりと。 聴いているだけのワタシですらいらつく会話で頭がおかしくなるよう。 レズビアンの女を演じた木下祐子、髪型やキャラクタがいつもとはひと味もふた味もちがって、しかし説得力と魅力のある人物なのです。

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2015.12.28

【芝居】「BREATH」キャラメルボックス

2015.12.20 16:00 [CoRich]

劇団30周年シリーズの最後を飾る新作。神戸・新潟を経て25日までサンシャイン劇場。120分。

いろんな人々の物語。
久々に東京を訪れた男は仕事の合間にいろんな人々を見ている。
15年ぶりに電話してきた男は高校卒業の時の約束を果たし文学賞を受賞して結婚を申し込む。
実験に忙しい女とつきあっている売れていない役者の男。が、意を決して結婚を申し込む。
病院をでる母娘、鎌倉を歩き、しかし娘はここを一緒に歩きたい男がいる。
塾を閉めた老女は一緒に暮らしている孫から、勤めている劇場で芝居のチケットをプレゼントされる。
結婚を申し込まれて幸せにあるふれる劇場職員の女、が、婚約者はスリの現行犯で捕らえられてしまう。
上演中の芝居に出演しているベテランの女優。舞台では信頼が厚いがブレイクしているとはいいがたく、老いも感じ始めている。離婚し別れた息子にも滅多にあえず、なにかもう一つ突き抜けたい。劇場支配人の男は元のマネージャーで応援している。
男が町でみかけた女は亡くした妻の姿にうり二つだった。

緩やかにつながる7組の男女の物語。いくつかの登場人物はキャラメルボックスの過去作品のいくつかの登場人物であったりして、それはそれで知っていれば台詞の端々の単語からさらに物語を広げてみる楽しさがありますがそれは背景の奥行きは増えこそすれ、知らなくても大きな問題ではなく、記憶力がザルなあたしでも楽しめるということは、たぶん初見でも大丈夫、なぐらいにはきちんと独立した物語になっています。

いろいろな恋の物語。若かったり年齢を重ねていたり、格差っぽいものだったり年の差だったり悲恋だったり、すでに片方は結婚していたり。単に平行して物語を進めるのではなく、いくつかの点をつなぐように、教え子だったり、偶然の居合わせであったりをまるで、糸が端切れを縫い合わせるかのようにつながって全体の物語を推進します。オムニバス形式の上演がほとんどないキャラメルボックスにとってはこういう物語の作り方は珍しいけれど、それぞれが小さな物語だけれどつながっていく楽しさがきっちりあるのです。

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【芝居】「ないものねだりの I want you」恥骨

2015.12.20 13:00 [CoRich]

90分。20日までSTスポット。

別れた男の楽しい日々の思い出を封印しても新しい一歩を踏み出せない女。ある日目の前で動き出したゴミの山のような物体は、別れた男との思い出の塊だった。男との日々を繰り返す。が、未来を見てばかりで一日経つと記憶をなくし、自分を見てくれない男に対して投げつけてしまった言葉を再び発してしまう。

私を見ない未来ばかりみていて記憶をなくす男、と記憶に囚われるばかりで前に進めないワタシ(女)をめぐる片思いを核に進む物語。そもそもフられてるし、SNSでいいね!がいっぱいもらえるモテる女とか、自分のことを見てくれる優しい男はいるけれど、ワタシには二人しか居ないし、フられたとしてもすべてはこの二人との距離である世界。彼女にとっては世界がそう見えてるというデフォルメが楽しい。とりわけ、いいね!が欲しい(承認欲求の強い)女の造型は強烈で、男があきらめられずに鬱々としている主人公とのコントラストも鮮やかなうえに、モテてやや天狗気味だけれど同性から総スカンというわけでもなさそうな絶妙なバランスが巧い。

この枠組みの中に現れたゴミの塊・ハッカ。自分と元カレの思い出が詰まったあれこれ。頑固なシミ汚れのようにそれが残っていること。主人公自身からみえている、このままではいけないという冷静な視線を思わせるもう一人の主人公の姿なのです。

自分の想いとは裏腹に先へ先へと進んでしまう男、ついていこうと選択したというよりはそうすることが当たり前に振り回されてしまう女。 物語としてまったく異なるのだけれど、主人公ばかりが過剰に努力をしてあきらめきれずに追いかけてしまうのはどこか孤独なのです。なぜかキャラメルボックスの一連の「クロノスジョウンター」の物語を思い起こしてしまうのはまあ、きっと気のせい。

後半にさしかかり、そこにリズムが重なっていきます。ラップのように言葉を重ねるのは規模は小さいながら、「わが星」が想起されます。止まっていた時間が先にすすむかもしれない予兆、なるほど終幕に至り、ハッカにこびりついていたすべてが消え、過去の男を断ち切り、前へ一歩踏み出すという物語は前向きで力強い。

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【芝居】「ア・ラ・カルト ライブ・ショー」モーションブルーヨコハマ

2015.12.19 18:30 [CoRich]

青山円形劇場で26年間上演されてきた人気企画。劇場の閉鎖に伴い開催が危ぶまれたけれど、場所を赤レンガ倉庫・モーションブルーヨコハマに移しての1week。21日まで。三人の日替わりゲスト、アタシが観たのはおなじみのRollyの回でした。

2008年から体制の変わったスタイルをベースにした新たなシリーズ。当日パンフに挟まっていた紙には二つの告知。アラカルト2での寡黙なギャルソンを演じた本多愛也の訃報(10/28没)、音楽監督兼バイオリンの中西俊博が肩のスジを痛めて出演できず。基本的には高泉淳子とギャルソン・山本光洋と日替わりのゲスト、バンドも最小編成の三名というごくコンパクトな座組ですが、アラカルトの魅力をぎゅっと詰め込んでいるのは変わらず楽しいのです。

横浜を舞台にしたから、ちょくちょくベタな横浜ネタがはさまるのもアタシは楽しい、菊名(訊くな、の取り違え)、サンマーメン、ブルーライトヨコハマなどなど。

「〜嗜む会」はこれまで恋人や同僚との会話だったシリーズだけれど、タカハシ一人でのオンステージ。キャラクタの魅力で押し切った感はあるけれど、さすがに長期にわたって熟成されてきたキャラクタだけあって、これだけの時間ではびくともしない。さすが。

「恋のレシピ小辞典」は若くはない二人のぎこちないデートのあれこれはいつものとおり。患者同士を勝手にカップリングしようという歯医者もおもしろいし、ぎこちないけれど、この短い時間の中で急速に進展するのも、若くはない二人が積み重ねてくるようなのもおもしろい。

「夢見る頃を過ぎても」は、初めてこのテーブルで居合わせ、意気投合する初老の二人というのがちょっと珍しい感じ。口数少ない男としゃべる女という基本はアラカルト2のフォーマットだけれど、相手の何かをさぐり合う会話はスリリングで楽しい。

レストランで現実の料理やカクテルとリンクさせるのは確かに楽しい。もっとも、想像力だけでどんな料理やワインでも自在に物語に組み込めるいままでのスタイルに比べるとどうしてもそのあたりの楽しさは厳しい面もあります。限られたメニューで居残るのもつらい感じではあって、終演後にどうしても会計のための時間がとられてしまうのも痛し痒しではあります。

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【芝居】「食卓全景」intro

2015.12.19 14:00 [CoRich]

高校の昼休みをトイレの三つの個室で過ごしていた三人は春・夏・秋を名前に持っている。母子家庭だった共通点もあり顔もあわせないまま仲良くなって、就職を機に一緒に暮らすようになるけれど、やがて三人の父親が同一人物であることがわかる。父が許せなかったりして友達でも姉妹でもない関係になりたいとしてお笑いのユニットをつくるが、東京にでたい一人と残りたい一人、三人が一緒にいたい一人に押し切られる形で地元に残る。父が亡くなるときにもう一人冬を名に持つ妹と引き合わせる。

3+1人の女、2人の男という座組。スクールカースト低位の三人が意気投合して、居場所を見つける序盤は切実な物語。個室にそれぞれ入って、ちょっと会話してというのをそれぞれの個室からで顔を合わせないというのも、ちょっとネット的でもあっておもしろいし、そうするうちに顔を合わせたくなるという気持ちの発露も自然なのです。 この三人が同じ父親の娘で、同じ父親なのにそれぞれからの見え方が違って、嫌いであったり、わからなかったり、そもそも想像に昇らないであったり、という差がそれぞれの人物の造形の深さに寄与しているし、距離をとることはあっても関係が完全に切れるわけではなくて、共に生きていくしかないというある種の「三人姉妹」っぽいさが滲むのもおもしろい。

もっとも、アタシには他人として三人が出会った過程のほうがずっと彼女たちの切実さが描かれているようで、三人が姉妹であるということはその切実さを安いものにしてしまっているような違和感を感じます。 あるいは、 三人のうちの一人が突然骨になり、つまり亡くなってしまうということだったり、それを泣きじゃくることでしか対処できないであったりという終盤。リズムに乗せてみたり、リピートされたりと演劇的なある種のグルーブを感じるけれど、ここまでせっかく物語を積み上げてきたのに、物語よりは雰囲気で描くのは勿体ないな、という気もします。

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2015.12.23

【芝居】「俺が読む哲学の嘘」幕星

2105.12.13 14:00 [CoRich]

2006年にドリルチョコレート名義の初演作は未見。いわゆる事務所の若いタレント3人と小劇場からの役者3人で、あひるなんちゃらの関村俊介による演出で。70分。13日まであくとれ。

貧乏暮らしをしている男は暮らしている安アパートの目の前にある豪邸に住む金持ちの家の娘と密かな恋に落ちていたとはいうが、いつもごく短い時間抱くだけの関係だった。
が、その女は病のため亡くなってしまった。葬式の日、女の兄に目を付けられているといって、男は葬式に行かないで部屋から眺めている。金がないから、友人から少し借金をしてその友人に香典として持って行かせようとしている。が、その兄はアパートに現れる。

MCRらしく初演の役者名がそのまま役名になっていたようです。女に対して身勝手で我が儘、せりふ通りに受け取れば「鬼畜」そのものの所業なのに、いざ女を失ってみれば深く落ち込み、しかしそれを強がるように表に出せないパーソナリティ。ある時期までの、若者たる暴走をみせる作家・櫻井智也の少し前の雰囲気にあふれる台詞。

正直にいえば、MCR風という意味でも、あひるなんちゃら風という意味でもあきらかにメインを演じる三人の雰囲気は微妙に異質なのは払拭できません。そういう意味で客演人は作家・演出家のフィールドに近い役者をそろえていて安心なのですが、どうしても組み合わせると違和感になってしまうのが痛し痒しではあるのです。 そういう意味ではかなりタフな稽古場だったろうと想像します。 それでもそれぞれのキャラクタにあった造型になっていて、魅力ある人物に見えるのは重要で、それはちゃんとクリアしているのです。 そういう意味では兄を演じた江崎穣も、友達を演じた三瓶大介も、あひるなんちゃらの常連で、 信頼できる座組というベースをしっかりと担います。

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2015.12.22

【芝居】「海の五線譜」青☆組

2015.12.12 18:30 [CoRich]

宮崎のあと14日までアトリエ春風舎。95分。

由比ヶ浜にほど近い家。夫婦と娘が住んでいる。妻は最近物忘れが多くなってきている。毎年みかんを送ってきていた宮崎の知人は大学の時の夫婦の先輩で妻の恋人だったが、親の面倒をみるために宮崎に戻っていた。数年前に亡くなり最近みかんを送ってくるのはその甥で、長女は礼状をきっかけに手紙をやりとりするようになっている。

オフホワイトを中心に淡い青をまぜたような舞台と衣装。老いた母親の若い頃と、現在の時間軸で進む物語。かつての恋人、別の人と結婚してからも残っている想い。おそらくは夫にも話せなくて隠していたこと。新婚旅行で腹痛になった夫を宿に残して、少々不倫めいた一日を過ごしたという新婚の妻というのは少々無理筋な流れな気はしますが、旅先でひとりの心細さとあわせて、裏切ったのか裏切らなかったのかのギリギリなところを狙った感じは、どこかファンタジーにもなっています。 その隠れていた事実を、母親のかつての恋人の甥と独身の長女の書簡という形で語る構造をベースにしながら、その長女の少々奥手な恋心を重ねて描くのも巧い。

作家自身の年齢(どころか私よりも)よりはあきらかに昔の世代を中心に、とりわけその世代の若い頃を描かせると巧い。少女から若い母親、老いて古希の時代を貫く一人の女性が物語の核。映像ではどうということはないけれど、一人の役者が演じるというのは演劇のおもしろさ。 演じた福寿奈央は若い大学生から老女まで、年齢のふれ幅をびっくりするほどスムーズにしかも鮮やかなコントラストで演じていて印象的。長女を演じた大西玲子・次女を演じた小瀧万梨子の姉妹も子供の頃のはしゃぎっぷり、 とりわけ海の向こうから自分を迎えに来るのだという待ち続ける少女の気持ち、大人になってもそのまま待ち続ける長女、一歩も二歩も先に進む次女という変化の残酷さ、女たちと時間の流れを描くもう一つの軸にになっています。

2015.12.19

【芝居】「みみずく ハザードマップ」菅間馬鈴薯堂

2015.12.12 15:00 [CoRich]

13日まで、ワンズスタジオ。75分。

男は頭に受けた衝撃で働くことができず、父は死んでいて母と姉は深夜の交通誘導員のバイトで生計を立てている。二人は道路工事のある場所で車を左右から走らせてその間を走りきれば頭が治ると信じている。

村上春樹「貧乏な叔母さんの話」、村上龍「走れ!タカハシ」をインスパイアしているといいます。もちろん物語をなぞるのではなく、目立たず地味に暮らす市井の人、暮らしの逆転を何かに託そうする気持ちという二つの要素で新たに紡いだ物語。ごくシンプルで少々ファンタジーな主軸の物語、そのまわりに交通誘導員のアルバイトたち、結婚を意識して中年になって正社員を目指したい男、お笑いを目指すアルバイトの若者や、遊園地のプールで泳ぐアラフォーの女たちなど、それぞれ切実に生きる人々を少しばかりコミカルでファンタジーに描いて全体を作ります。

新しく買ったスマホの操作がわからないけれど、脇でみていてあれこれいってくる人々を「教えたいのか知ったかぶりなのかどっちなんだ」といらつく感じだったり、プールなのに「泳げるやつはあっちにいけ」。自分でそれは理不尽だとわかっているけれど、そういいたくなる気持ちがわかってしまうのは自分も年を食って、理屈に合わない怒りの種が生まれることがあるという自覚なのはかなしい。

中年に近づきつつある女たちがプールで泳ぐシーンが好きです。決してスタイル抜群とはいかないけれど、それを眼福と思っちゃうのもまたおやじの階段登り続けるあたしか。女としてうまれて、職場で性的に理不尽な目にあうこと、あるいはおそらくは生活のために見知らぬ男に抱かれてわずかな金をもらうことをさらりと。深刻なことだけれど、それとして生きている女たちは力強いけれど、それじゃいけないんだよなぁ。

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【芝居】「得て」ほりぶん

2015.12.10 20:00 [CoRich]

平日20時開演がうれしい70分。13日までムーブ町屋ハイビジョンルームのあと、京都。

バイト先の仲良しの女ともだち三人で出かけた旅行で、じゃれて突き飛ばしたために一人が死んでしまった。一年経ち、突き飛ばしたから死んだという後悔が晴れない。
死んだ友達の別の友人が葬式以来一年ぶりに訪れる。彼女は旅行の前には必ず親しい人に向けてのビデオレターを残していたのだという。

後悔の念となぐさめる気持ち、大声で泣きわめきながらぐるぐるとした会話。自分が悪いあなたは悪くないといいながら時にちょっと恨み言が混じったり混じらなかったり。ビデオレターの一方的な笑顔にわき上がる後悔で気持ちはさらにヒートアップ、終わったはずのビデオに再び現れ会話を始める死んだ女はホラー風味だけれど、会話の内容は実はあまり変わらなくて。

きっと生きている時だって、何かの喧嘩をすればこんな感じだったのかもしれません。死んだことであったり、あるいは男を寝取った相手の女への謝罪だったり、泣きながらのごめんなさいの繰り返し、どこにでもある風景といえばそうだけど、それがホラーな雰囲気になってもなにも変わらないことをぎゅっと。

ぐるぐるとした会話、実はあまりとりとめがなく。あるいはみなワンピース姿であったりと、作家が見つめたなにかの風景を描いているという雰囲気。役者たちが全力でぶつかる姿はともかくとして、なにをどう面白がるか、今一つ乗り切れないアタシであったりするのですが、こんなにマンガのような世界の描き方なのに、やけにリアリティがあるのが不思議だったりもするのです。

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【芝居】「ことし、さいあくだった人」カミナリフラッシュバックスと、まの。

2015.12.9 20:00 [CoRich]

2013年初演作を作家自身による演出で再演。90分。15日までnakano f。

バーの雇われ店長の幼なじみは売れないマンガ家で、編集者にwebマンガを勧められたものの、地味に生きてきたためにネタがなくストーリーの参考にしようと立ち呑みのバーで働くことにする。
会社の同僚だという女二人。後輩は恋人が浮気をしているのではないかと心配して先輩に相談する。あるいは仕事の失敗さらにこじらせた童貞で落ち込む同僚を元気づけるための上司と後輩が一緒に訪れる。

雇われ店長と漫画家という大枠の中に、ゆるやかに関連しあう二つの物語。会社の同僚である男女三人の恋の駆け引きの話、落ち込む同僚となぐさめる男たちの間のあれこれ。

小説家をマンガ家にしてみたり、バーの店長を男から女にしてみたりといくつかの改変を加えての再演。全体の雰囲気はかわりません。少ない人数での恋の話であったり、あからさまに造形されたキャラクタが多くて、わりと早い段階で隠れた関係というか構造が見えてしまうので、物語の上での驚きが少ないのも初演と変わらない印象です。

初日にはいろんなトラブルがあって、 床に散らばる数珠、その上を歩く人々。見ていて本当に怖い。めがねが飛んだり、グラスを倒したりは、なんとかなったか。

実直そうなモテ男を演じた印宮伸二の表情、困ったり笑ったりのダイナミックレンジ。同僚の女を演じた岸本鮎佳は序盤こそいつものやや高飛車キャラだけれど、敵(相談に乗ってる同僚・小山まりあ)がいると判ればあの手この手というのが楽しい。童貞男を演じた服部ひろとしは、やや臆病な感じがやけにリアルなのです。

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2015.12.14

【芝居】「痕跡≪あとあと≫」KAKUTA

2015.12.5 13:00 [CoRich]

鶴屋南北賞を受賞した青山円形劇場初演作をシアタートラムで再演。休憩なしの140分。14日まで。

物語に関しては、 初演の時と感想が何一つ変わらないのです。初演再演の間が短く自分の見方がそう変わらないのと、ほとんどのキャストがそのままということも大きな理由だろうと思います。

一度はあきらめながら自分の死を意識するようになって再び行方不明の息子を探し始めた母親を入り口にしながら、戸籍や親子関係に基づく家族といった、当たり前に思われるものを持たずに、しかし力強く生きる人々を描く人々。自分だってなにがきっかけになってそういう生活になるかわからないなと感じることが多くなるのは年齢が進んだからか、あるいはこの国で暮らすことの漠然とした不安が増しているからか。

初演は客席が舞台を円形に取り囲む特徴的な劇場でした。再演は 舞台上にやや八百屋になっている円形の舞台。はっきりとした額縁はないけれど、プロセニアムっぽくなって舞台すべてを見渡せるおかげで、物語の印象は変わらないままに、カット割りのように高い精度で演出された「舞台」は高い完成度とともに高い解像度で描き出されたようにも感じるのです。

正直にいえば、この演出家があの円形劇場で作り上げたという意味で初演も捨てがたい。しかしこの形になることで、上演する場所や人々が広がるという効果もあります。作演にとって、劇団にとって一段高いマスターピースになっていると思うのです。

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2015.12.09

【芝居】「女子校育ち呪縛篇」有末剛 緊縛夜話 第十一夜

2015.11.2 18:00 [CoRich]

芝居と着衣の緊縛を組み合わせた世界は独特でおもしろいのです。この日限り。 90分。ザムザ阿佐谷。

高校の時の同級生たちが成長して呑んでいる。 ヘルパーの女は在宅介護の老女の痴呆で金を盗んだことを告白する。 モテる女全開の編集者は実は処女で耳年増になっている。 泥酔した女は気がつくと卒業間近の高校の時代に戻っている。

同級生、三人の女たちそれぞれの告白。盗み、モテてるという嘘、友達がいなかったということ。何かに囚われ、がんじがらめになっている女たちんの「気持ち」を顕在化するかのように、女たちは縄で縛られるのです。着衣の状態で縛り天井からの縄によって吊られるのですが、片足だったり、あるいは完全に宙に吊られる彼女たちは体幹こそしっかりしているものの、重力とのバランスには逆らわずにそこに「ある」雰囲気。

緊縛、と呼ばれるこれは確かにインモラルな雰囲気は満点だけれど、直接性的な色っぽさというよりはもう少し奥行きのある感覚を覚えます。それがさらに加速するのは、終演後に設定された懇親会なのです。観客の希望者から抽選で三名が「体験緊縛」をできるのだけれど、男でも女でも酒を飲み話しながら眺めている構図というのも妙にインモラルで、しかし不思議なグルーブがそこには立ち現れるように思えるのです。

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【芝居】「お母さんが一緒」ブス会*

2015.11.29 14:30 [CoRich]

母親と温泉に旅行してきた独身、アラフォー、35歳、29歳の三姉妹。父親は置いてきたものの、文句ばかり言い続ける母親と旅行するのもみな辟易している。二部屋に分かれ、母親と次女は別の部屋に泊まることになっている。次女が企画したこの旅行だが長女は宿の選択をはじめいろいろ不満があるし、誕生日のプレゼントを用意してないことにも不満がある。そもそも自分はまじめにやってきたのに、学校も男も仕事も長くは続かない次女のわがままに不満がある。次女は理不尽な長女の責めに嫌気がさしている。今も母親と暮らしている三女は姉二人を差し置いて、幼なじみとつきあっていて、この旅行でそれをみなに伝えようと考えていて、婚約者を密かに呼んである。
誕生日のパーティは無事に終わるかに見えたが、プレゼントを渡した長女に、母親が返した一言がその逆鱗に触れる。

親との旅行の面倒くささ、久しぶりにあう姉妹たちの噂話や文句や近況報告やら。話をするために旅行をするというのは女性っぽい感じがします。姉妹たちそれぞれが抱えている家族に対するコンプレックスとか、生き方の考え方が露呈するのです。

三姉妹が浴衣に着替えるシーンはもちろん眼福なのだけれど、それぞれの年齢の下着というのがやけにリアルで楽しい。

長女は勉強もできるけれど妹たちが可愛いといわれるのに自分が言われないのが、次女は美人だし華やかだけれどなんでも長女より劣ってると言われがちなのが、コンプレックス。末っ子は可愛がられて、でも家を出たいとずっと思っていて。上の二人は独身だけれど、末っ子は結婚しようと考えていて、でも姉たちは止めたりして。緻密に組み上げられた会話を楽しむのです。もう私たちはこのまま、この家族の中で暮らしていくのだ、という安心と諦めを半々にしたような想いはチェーホフの「三人姉妹」のようでもあるのです。

次女を演じた内田慈が華やかで素敵。浴衣へ着替えてそのあと寝ころぶと、アタシの席からは太股の奥が見えてしまいそうでどきどき。 長女を演じた岩本えりは拗らせた造形が見事。末っ子を演じた望月綾乃は可愛らしく、しかし何かを考えてるのがしっかり。その婚約者を演じた加藤貴宏は、ぽわんとして気にしない男が物語の緩急をつけるのです。

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【芝居】「トランス」ふれいやプロジェクト

2015.11.28 16:00 [CoRich]

鴻上尚史の人気作、6人のキャストをシャッフルしながら同じ組み合わせがないという謳い文句の8ステージ。ワタシ、お目当ての出演者の出ない回にいってしまうという大失態。11月30日まで711。

ワタシは 96年版,98年版,2000年版,多田淳之介+フランケンズ版,視点によるリスペクト版 を観ていて、たぶんどっかにDVDもあったはず。

高校の屋上で長い時間を共有していた三人がずいぶん久しぶりに再会する。一人はオカマとして働いていて、一人は精神科医になっていてい、一人はライターになっているが、記憶が無い時間があることが気になっていて医者にかかる。再会して、その男が記憶がない時間は自分が南朝(wikipedia)の天皇の末裔だと名乗っているという。

衣装こそあるけれど、全体にシンプルなほぼ素舞台。再会し、変わっていること変わっていないことを確かめながら過ごす時間という描写は素舞台のおかげかどうか、シンプルにわかりやすく感じる物語。反面、紀伊國屋ホールで抜けるような青空で描かれていた屋上のシーンが強烈な印象だし、それが爽快感とともに カタルシスを得られた アタシにはやや食い足りない。診察室も屋上も住んでいる部屋も街角も同じ広さの場所に見えてしまうのはもちろん素舞台だから当たり前なのだけど、別に青空を背景にみせなくてもここが屋上なのだと信じさせるもう一押しが切実にほしいアタシなのです。

オカマの三蔵がどれだけパワフルでコミカルで哀しい人物を造型できるかがこの舞台の鍵を握ります。アタシの観た回で演じた青木清四郎はそういう意味でこの舞台を引っ張っていて印象に残ります。もっとも幕開けの時点から興奮したように目がめいっぱい充血している、というのはちょっと微妙な感じではあるのだけれど。

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2015.12.03

【芝居】「青いプロペラ」らまのだ

2015.11.23 15:00 [CoRich]

6月の月いちリーディングで取り上げた戯曲を劇団旗揚げ作として改訂・改題して上演。千秋楽。13日に予定されている日本劇作家協会の新人戯曲賞公開審査の最終作品に残った中での上演というタイミングの良さもあって、超満員。

スーパーのバックヤード、休憩室でもありシャッターがあったり、搬入口でもあるような場所をリアルにつくっています。 戯曲自体のブラッシュアップ、こまかく入れています(開業してもずっとショッピングセンターと言い続けるのはおかしかったのが台詞が減ってるのはプラス。月イチリーディングでの発言ゆえかどうかわからないけれど)。 打楽器の生演奏を交えてリーディングより長くなった舞台は全体には以前よりさらりと流れる感じ。セットのせいか、衣装を付けた役者たちが話し、動くということからか、確かにリアルにはなっているのですが、リーディングでは確かにそこにあった、ゆっくりと沈んでいく地方のスーパー、そこに居る人々に見え隠れする欲や不穏さがやや弱くなった印象があります。

実はこの場所では大きなことが起こらないというのは舞台で演じる物語としての見やすさという点では不利ではあります。 とはいえ、沈みゆく場所に居る人々のそれぞれの姿が、それぞれありそうに描かれている「リアル」は、私が暮らしている日々のことに近いところがあるだけではなくて、今の私たちの国が直面しているのに見て見ぬ振りしていることあからさまにしていると思うのです。そういう意味で、まだブラッシュアップの余地はあるけれど、期待出来ると思うのです。

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2015.12.02

【芝居】「もっとも迷惑な客死」上野くん、電話です

2015.11.23 12:00 [CoRich]

上野友之とクロムモリブデンの吉田電話のユニット旗揚げ。 90分。23日まで空洞。

内部の裏切り者が書かれた書類を取り戻すべく活動するのはトップの諜報員だったが、僅かな隙を狙われ、情報屋は殺され、書類も見つからない。

ユニット名ゆえか、黒電話をモチーフに。ハイテク装備も携帯電話もない時代のスパイ映画の雰囲気で語られるミステリー仕立て。コードネームで呼び合い、あくまでもクールな諜報員たち。ベテランが抱えるのは過去部下を失った遺恨。裏切り者を捜す組織、それを裏で操る謎の人物。

ネタバレをしないように強いアナウンスがあるけれど、誰が黒幕なのかということが物語のメインテーマなのだと気づくのに少々遅れをとってしまったアタシ、点描されるシーンそれぞれのスタイリッシュさを観ているようなところはあって、物語の流れに今一つのれなかったアタシなのです。

諜報員の割には一般人のはずの大使館員とか情報屋の恋人とかの前でぺらぺらと何でも喋りすぎじゃないかというのはまあご愛敬。 人が殺されてはいけないホテル、という設定はちょっとおもしろい。それゆえにスパイ活動の舞台になりがちだという説得力もあるし、ことが起これば、秩序を守るために何でもするのだという絶対感もいい。 謎解きという意味では、地味でありつづけることが一番怪しいというのがわかってしまうのは、まあある程度仕方ないこととはいえ、もったいない気もします。

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