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2015.06.12

【芝居】「豊の午後~萩原伸次戯曲選~」コマイぬ

2015.6.7 16:30 [CoRich]

2006年に他界した萩原伸次の作品4編を上演する企画公演。ワタシは初見です。110分。7日まで 古民家ギャラリー・Gallery & Space しあん。

友達という関係の男女。市民楽団の練習をサボって海辺にやってきた。友達、という関係から一歩進みたい女、あくまでそれを拒む男。「恋愛恐怖病 2005」
久々に実家に顔を出した男。仕事も何も長続きしない。友達とネオ屋台を始めようとその資金を無心に来たが、母親は断るし息子名義の通帳もどこかに隠してしまった「豊の午後」
長女が恋人の両親に初めて挨拶をする前の日、実家に戻ってきている。明日のことも気になるけれど、未亡人となった母を出会い系のしかし真面目そうな男に会わせようという目論見はうまくいかない「お母さんは大丈夫」
女は部屋に閉じこもっていて、リストカットしたくなったら同郷の男を呼ぶという約束をしていて、今日も男は呼び出された。そういえば郷里の同級生結婚するって。オレと。「YODAKA」

元は4つの別々の物語。豊という男を物語の軸にして書き換えて緩やかにつなげる構成になっています。

「恋愛〜」は友達以上恋人未満(ってことばもずいぶん古いけれど)の男女の駆け引き、時に折れ、時にすがり、時に受け入れる。微妙な距離感をきっちり。この骨格が著作権がとっくに切れている作家によってあの時代に書かれていることに驚くのです。古びない物語あるいはシーンの強みを感じるのです。女を演じた石井舞は強く出たり、弱く追いすがったり、この小さな空間のダイナミックレンジ。男を演じた芝原弘は、気になっているけれど、でもまだ踏み切れない臆病な感じも透けてみえてよい。

「豊〜」は実家に甘え金を無心する息子、ぴしゃりと断りながらもやはり息子は心配で生きててくれればいいのだから、という母親の距離感は普遍的に納得できるのです。高校生ぐらいまでなら当たり前、もういい歳なのにそのまま、というのは母親のある種の焦りが見えるよう。

「お母さん〜」は母のこれからを心配する娘、私だけ幸せになっていいのかしら、というある種マリッジブルーな娘。ずいぶんとひねくれた設定だけれど、全員が幸せになろう、という気持ちが素敵な一本。妹の存在はかき回す存在で実は物語に対して希薄だけれど、この会話は三人居ないと成立しない、という緻密さがあるのです。母親、というにはあまりに若い田中千佳子だけれど、笑顔もいいし、慌てる表情もいい。

「YODAKA」は閉塞し閉じこもる女、そこに時折吹いていた風のような男。結婚を告げ、そうかもう鳥かごには居られない、というラストシーンが美しい。肩を出したり、尺取り虫のようにごろごろしたり。なんか妙に色っぽいのです。一本目と同じキャストで、あの時に女は男のことを欲していて、長い時間を経て、好きな男が訪ねてくれるから閉じこもっていられたけれど、男が結婚する、と聞いてやっと諦めて、次に踏み出す、という終幕が美しい。これは昼公演だからワタシには良かった気がします。


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