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2015.01.30

【芝居】「MOON KNIGHT~ある月の夜の物語~」ネオゼネプラス(ネオゼネレイタープロジェクト)

2015.1.24 18:00 [CoRich]

稽古場として使われることの多いベイサイドスタジオ。去年まで相鉄本多劇場で行われていた月イチの「横浜演劇サロン」の会場にもなっています。ここで公演を観るのは初めて。根強い人気を誇る女優・桑名しのぶの東京での最終公演でもあります。85分。25日まで。 どこか山奥にあるらしい屋敷でテーブルをはさみ座る女ふたり。テーブルの駒を動かして「あたり」がでるとダイスを振りそれに応じて地球上のどこかに災害が起きる。この世界の命運を決めるこのゲーム盤に座ろうという野心を持った男たちが訪れる。

ネオゼネが14年前に上演(月の犬ー牧野久美子&松岡洋子)したのだといいます。たしかにしっかりとSFの風味。椅子に座り向かい合う女優二人はほとんど動くことがなく、のんびりした雰囲気の、小さなガッテンネタのような会話を繰り返します。もうとても長い時間ここに居て、会話を楽しんでいる風ではある二人。世界を思いのまま、征服することだって可能なこの場所をねらう男たちだけれど、座ってる側にしてみればきっとそれは拷問にも近い長さでもあって。

この場を去ることは死を意味していて、それは「花になる」という美しい終演。一面のバラが美しいラストシーン、なのだけれど、アタシの拝見した土曜夜の回は、引き落としの幕が引っかかり落ちず、ちょっと残念ではあります。ええ、もちろん、わあって気持ちにはなるのだけれど。

三人を演じ分ける石塚義髙、そう器用な役者ではないけれど、物語を転がす発動機の役割をしっかり。アタシが座った上手側からはがっちり拝見できた桑名しのぶは落ち着いていて、聴き慣れた優しい声の安心感。対する坂内愛はほぼ左肩後方からしか見えないのが残念ではありますが、軽口叩きながら去る終盤がいいのです。執事を演じた吉田萬はずっと見守るという唯一の役の説得力。案内人を演じた今井勝法、まあ前説な役割がむしろ贅沢に楽しい。

普段使われている場所の向かいの部屋での上演。駅前の立地でこの古いビルなので自由が効くという側面はあって、それも町が持つある種の余裕なのだよな、と思います。まあ、終演後にロビーで安く呑めて、(やや頑張って)徒歩で帰れるというアタシの個人的な理由ではあるのですが。でも、場所を創り出していくというのは小劇場の機能の一つだよな、と思う昨今なのです。

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【芝居】「空白の色はなにいろか?」鳥公園

2015.1.24 14:00 [CoRich]

6月から作り始め、8月の大阪レジテンス制作を経ての終幕。ワタシは初見です。STスポットまで25日まで。60分。

いつもの日常の筈だったけれど、夫はガムを買うといって出て行ったきり戻ってこない。待っている妻を女が訪ねてくる。夫の居場所は分かっているけれど、今はまだ教えられないという。
女と別の家を借りて男(夫)は住んでいる。女は嬉しそうだし、男もまんざらでは無いけれど、男は古道具屋で仏像を買ってきて自分の名前「テツオ」をつけて、自分の代わりにしたいという。男は「テツオ」を辞めたいのだという。

三人のミニマムな芝居。夫婦と一人の女の物語。味が分からないという男。妻はいつもの日常とおもっていたけれど、夫は出て行ってしまったところに名乗らない女が訊ねてくるという枠組み。まったく説得力の無いアタシですが、年齢を重ねてみれば暮らしている女と距離を取り、別の女に走ってはみたものの、また同じ事をリピートする男の気持ちはなんか理解ってしまうアタシですが、それでも、突然いなくなった男のことが理解できない女性のぽかんとした気持ちもなぜか腑に落ちてしまうのです。

消えていきたいと考える男と、それを惜しいと思う女たちの話なのだけれど、別宅に住み始めた女が男に対して発情といってもいいほどに色気を感じさせるシーンがあります。表向きはごく静かなシーンなのだけれど、暑苦しく「色気むんむん」な感じがダダ漏れてるのがすごい。や、ワタシの誤読かもしれませんが、この圧力に気持ちが動いてしまうオヤジなアタシです。

綺麗かもしれない作り方だけれど、これまでに無い何か、それは構造でも物語でもあるいは役者でもというこれまでのいろいろとの違いが見えづらい、と友人の感想を解釈したアタシですが、そうか、思ったほど見づらくはないけれど、するりと記憶から落ちてしまいそうだというのはそういうことかな、と思ったりもします。

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2015.01.28

【芝居】「子どもの頃から」London PANDA

2015.1.18 19:00 [CoRich]

東京の仕事を辞め離婚して街からは離れた実家に戻った男。長女とその夫、次女が暮らしている。長女と次女は入院している父親の介護に通っていて、長女の夫の収入で暮らしているためか、夫の顔色をうかがうように暮らしている。
男の友人の男は近くの農家で働いていて仕事を紹介して一緒に働きたいと思っているし、次女に恋心を抱いている。友人の女はバツイチで看護師として働いていて、男が戻ってきたのをきっかけに時々訪れるようになる。
男はどこかの仕事につくでもなく、長女夫妻は世間体が悪いと思っていたりするが、男は唯一作れるアップルパイで何かできないか、と考えている。

奇しくも昼の芝居にやや似ている枠組み。兄弟(姉妹)で戻ってきた人とその土地にずっと居る人と。とはいえ、父親の面倒をみるという意味で地元に縛り付けられている女、あるいは自己評価が低くて実家を出て働いたり地元を出るということすら考えられない女に対して東京から戻ってきたけれど仕事を考えてはいてもちょっと現実味が無さそうな感じでもある長男という枠組みに、 そこにもうひと味、長女の夫という、この場に君臨し支配してる存在が物語を動かすのです。

確かに東京に住んでいると現実味のない感じにみえるけれど、わずかな間とは云え地方に暮らしてみたアタシには腑に落ちる感じがします。たとえば、結婚すれば婦人部だけれど仕事が無ければ青年部にも入れない、というのは「生活の方向」を同じ方角に向かせる圧力。

支配する男はダブルキャストでアタシが拝見した前半公演で演じた立浪伸一は、普段みかける役柄とは違う新しい魅力。抑えた喋りだけれど君臨する強さ。姉を演じた中村美貴も妹を演じた嶋田菜美も耐える女を二つの違う姿で。対して地元でわりと自由に生きている女(看護師という職業とバツイチという設定が巧い)を演じた渡辺詩子とのコントラストが鮮やか。 地元で働いている男を演じた菅野貴夫は実直で裏表がなくて動きがない役ゆえに、この物語の中では他の人物の企みや裏表を鮮やかに反射します。帰ってきた男を演じた浦川拓海はやや脳天気で前向き、 もしかしたら地元に戻る(ロンドン留学もするようですが)作家の気持ちに一番近い立場をくっきり。

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2015.01.25

【芝居】「こわれゆく部屋」水素74%

2015.1.18 14:00 [CoRich]

海辺の一軒家。家出して10年戻らなかった妹が恋人だという飲食店で働く男を連れてやってくる。待っていた姉も看護師の仕事を続けながら、同僚の男と一緒に暮らしていた。
妹はしばらくここで男と共に暮らしたいという。夜の店の仕事をしている男のことがいまひとつ信用できない姉だが結局は二人との同居を承諾する。
10年ぶりの再会をした姉妹。両方とも恋人らしき男が居るけれど、姉はキャリアでは後輩となる男の仕事や「二人で生きる」ことへの拘泥、妹は惚れてはいるけれど結局は金のつながりの男との関係を軸に描きます。

看護師という仕事ゆえに向き合わなければいけない人の死。男がそれに向き合いきれないのは、職業への未熟ゆえか、あるいは心のある種の脆弱さか。それでも男はどこか女よりも少なくとも同等で居なければならないという呪縛は、二人の関係を追い込んでいきます。仕事を替えることも配属を替えてもらうことも沽券にかかわるとばかりに、かたくなな男はしかし、そのストレスを風俗だったりクスリだったりに逃げ込んでしまうのです。女だって人の死になにも感じないわけじゃない、うまく折り合いをつけるために我慢しているだけで、それができているだけなのだという終幕は、女性だからと云うわけじゃないけれど、我慢しなきゃいけない場面が多いジェンダーだけに、それは 普通の感覚に近いのではないかと思うのです。

あるいは妹がつれてきた男、夜の仕事で人なつっこく。男の荷物はやけに少なくという不穏さ。終幕に至り妹が男に入れあげたあげく店に借金をあげく借金を作っていて、その返済をさせるために男が同居し、(返済資金にあてるために)姉の家への同居をすすめたということが語られます。「ワタシが逃げていたら」という女の質問に答えない男のドライさも説得力があります。

姉と恋人が貯めていた結婚資金がなくなったことが明かされるけれど、それがどうなったのかは明確には語られません。恋人が使い込んだというけれど、それは風俗なのかクスリなのか。「半分は自分の」ということは妹の恋人と一緒に通った風俗の金も払ったか。クスリじゃないか、という見方もできるけれど、それは結局その「男の沽券」を保つためのストレスのはけ口が、二人の将来の生活を破壊することになるのに想い至らないほどに追い込まれたということ。無くなった金が、妹の借金返済にあてられた、 ほうが物語の収まりは良さそうだけれど、そうする理由がこの流れの中では作りづらいので難しいところ。

結局残った姉妹、どこか憑き物が落ちたような、すっきりした前向きな印象。あんなに距離感があった二人だけれど、きっと二人で暮らしていけるんじゃないかというちょっといい終幕なのです。

姉を演じた兵藤公美の落ち着いて暮らしてきたという地に足がついた造型の説得力。対してちょっと入れあげてしまった妹を演じた富田真喜の感情の起伏のありよう、はある意味女子力みたいなところはあって、魅力的に映ってしまう、というのはアタシがオヤジだからですかそうですか。

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2015.01.22

【芝居】「新春玉山福袋」王子小劇場

2015.1.17 17:00 [CoRich]

偶然空いてしまった王子小劇場の枠を使い、劇場代表の玉山悟を役者に使ってゲストの役者との二人芝居を劇場職員が作る6本立て。100分。17日まで。

地方のバス停。待ち合わせに遅れて息せききって走ってきた元気な女子高生をまっていたのは、女子高生の制服を着ているが髭面の男だった「バス停」(作演・池亀三太 出演・榊菜津美)
安置所に遺体を取りに行く男、思ったような仕事にもならず、日々が嫌いになっている。いつものように老人だろうと思っていた遺体は、若い女だった。生前いちど病室を通りかかった時に見かけたことがあって、男は思わず「遺体よ、僕とキスをしてくれないか」(作演・裕本恭 出演・うでもげる)
初めて訪れた美容室、美容師を指名した男は三分刈りの頭で三つ編みにしてほしいという、長く延びた髭を。「まねっこ動物」(作演・つくにうらら 出演・田中渚)
通夜番の息子、父親の部屋で見つけた父の卒業アルバムを眺めている。母が父と高校の同級生だったことを初めて知るが、末尾の寄せ書きは、母がページ一杯に書き込んだものだけだった。「白紙」(作演・佐々木琢 出演・辻響平)
若い編集者が重鎮の官能小説家の家へ原稿を取りに行く。その官能的な描写は圧倒的な人気だったが、じつは作家は童貞なのだという。そういえばどこか薄っぺらなのだと気付いてしまった編集者は「楽園の二人」(作演・モラル 出演・川本ナオト)
娘を嫁に出した夫婦。結婚式で夫は花嫁の手紙を聞いて気絶してしまった。こっぱずかしい言葉を耳にすると蕁麻疹がでてしまうという病気で、結婚式で悶絶の末、気絶してしまったのだ。「じんましん」(作演・北川大輔 出演・さとうみみ)

「バス停」は地元の元気な女子高生と待ち合わせた髭面でスカート姿のおじさん、というある意味出オチ。落ち着いて優しげなきっと真面目そうな女子の口調で、徐々に女子高生に見えてきてしまう不思議。ああこれは女子とい芝居なんだとおもっていると、徐々にもたらされる不穏な情報。どうもいじめられていた女子生徒の父親が娘に成り代わり学校に通っているよう。なるほど、序盤で元気な女子高生がじゃれあう「戦国パンツ」なる遊びにしても、恋人がいるらしいことも、父親は当然知るわけもなく。
出オチほどにあからさまな見た目にもかかわらず、元気でやや雑な同級生が気付かない、それゆえに(父親が知らない)情報がもたらされるという構造が緻密です。演じた榊菜津美は女子高生を丁寧に。ロビーを大声でやや走り回ってバス停にたどり着くという序盤もいい。

「遺体よ〜」はうってかわって、いいことのない陰鬱な日々を過ごす男の日常に舞い降りた天使、かとおもうほどの女の登場。しかし彼女は遺体となっていて。病院の中で忌み嫌われる安置室に通う面白くない男という舞台がいい。黒い服にストレッチャーで病室内を動くというのは少々現実感が無い気はするけれど、病室で顔を見て笑顔を見せてくれた女の顔は忘れられなくて、思わず彼女にキスをしてしまう、という衝動は、もしかしたら自分がそうだったらしてしまいそうな説得力があります。キスをしたら目を覚ます(ように思える)のは白雪姫っぽくて素敵だし、この日常から歩み出すというのもいい。

「まねっこ〜」は玉山悟の特徴である長い顎髭のワンアイディアの勝負。美容院に来たのに三分刈り、髭を三つ編みにしてほしいという理由はたった一言、呟くように美容師がしているように、という台詞がきっちり「まねっこ」というタイトルに反映されるのが鮮やかです。もちろんそんなことに気が付くわけもない美容師の動揺、無表情、それが非日常という大笑いのコントラストもいいのです。演じた田中渚を無表情で使うというのも珍しい気がします。

「白紙」は亡くなった父のアルバムの寄せ書きは同級生の妻だけだったぐらいに友達がいないけれど、しかし幸せな家庭を築いた。息子のアルバムには寄せ書きが沢山あった、というコントラスト。父親の安心が物語を包みます。息子のアルバムが言及される終盤までは父親のツッコミの面白さはあれど一人芝居のような感じだけれど、息子のアルバムのことを語れるのは父親だけなわけで、終盤で二人芝居として効いてきます。正直に言えば、あたしの友人の感想と同様、どうにも説明臭い台詞に頼らない形にしたいところ、なんせ独り言です。扉だかふすまだかの向こう側の誰かと大声で話すというのでもいけそうな気がするけれどどうだろう。

「楽園〜」は編集者と官能作家のBL風味。良くも悪くも作家・モラルの通常運転の枠組みの芝居。リアルに見えていた官能シーンが急に嘘くさく感じるというところから、虚構のなかに描かれたリアルってなんだ、という問いかけがあるようにみえるけれど、全体の雰囲気は笑いなので、そこはその問いかけというフックで終わってしまってるのがやや残念。

「じんましん」は歯が浮くようなことをいうと蕁麻疹、という設定の夫婦、というのがいい設定。夫婦の日常会話がずっと続いてきたけれど、娘が嫁にいってちょっと寂しくなった日常。愛してるとか云えないけれど、「ごちそうさま」ということをそれは云うのが当たり前なのだという夫だから、日々を暮らせるのだという妻の視点での描き方が実に素敵なのです。さとうみみは、若くはないように見受けられますが、なるほど寄り添った妻という造型の説得力。

正直、役者としての玉山悟をちゃんと観たことはなかったけれど、こうやって触れ幅の芝居のどれを観てもきっちりで説得力という凄みがあるのです。すごいなぁ。

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2015.01.16

【芝居】「ハレノヒ」空想≠カニバル

2015.1.12 15:30 [CoRich]

わりと名の知られたカレーとスパイスの洋食店を舞台に貸しきりで公演。昼は甘味、夜はプレートとドリンクとともに提供して、食事しながらという趣向。チケット代1500円に含まれていて、ちゃんとした料理 (1, 2)が出てくるのは凄い。60分。12日まで、「けんすけ」 洋食店の一日、二つと少しの物語。
(1)高校生のバイトで入ってる男だが、今日は客として女性と待ち合わせている。ずいぶん年上の女だが、男は店長に、好意を寄せた同級生の姉を攻略したいので手伝ってほしいという。女は店長を紹介してくれるのかと乗り気だが、実は男はその年上の女のことが好きなのだがいいだせない。
(2)毎朝コンビニでコーヒーを買ってくる店長のお気に入りの店員が客として店にやってきた。が、男を連れている。女の招待は宇宙人でもう地球を滅ぼすことに決めたと男に宣告してるのだが、遠目の店長と店員には二人が別れ話をしているように見えていて、チャンスとみた店長は自慢のアイスクリームをサービスして気を引こうと考える。店長に密かに好意を寄せる店員はアイスクリームにこっそりタバスコをかけて女に提供する。
(3)店長はコーヒーを何処で買ってくればいいのかとため息をつく。店員は自分が煎れたコーヒーはどうかと提案するが、コーヒーが飲めない店員のために、閉店後、店員にはウイスキー、店長自身はコーヒーを一緒に飲もう、と提案する。

全体で60分ぐらいにコンパクトにまとめられた物語。

一本目は ちょっとお調子者の店長が仕切る小さな店。高校生バイトの男の子と大人の女性の恋愛ものがたり。精一杯の気持ちで呼び出したのはいいけれど、肝心の彼女の興味はほかに向いちゃってる、からのハッピーエンド。そもそもファンだったなんていうのはファンタジーが過ぎるかもしれないけれど、コンパクトな物語の中ではこういう素敵な奇跡というのは以外に説得力になったりするのもまた事実で。

二本目もまた、勘違いの笑いを推進力にしつつ、勝手な勘違いで地球が救われちゃう、映画・ワールズエンド(未見だけど)のようなコメディ仕立て。絶体絶命を救ったのは男への好意のあまりに店員がとった無茶な腹いせないたずらというのも、突拍子もないわりにちゃんと飲食店という舞台に立脚してゆるいつながりで作っているバランスもいい。

三本目、実らないかに思えた恋愛が成就する予兆なオープンエンドな終幕もまたハッピーエンド。

この店、 わりときっちり人気のある飲食店で、松本に引っ越したばかりの頃に店に行ったら、ときどき街コンというか婚活パーティを(ホンモノの)店長が企画してやってる、なんてことを教えてもらったな、なんてことを思い出しました。そういう意味でも恋するレストランな舞台としてもぴったりな場所。東京ではそう珍しくもない飲食店でのコンパクトな芝居ですが、もともと小劇場の価格の安い松本とはいえたった1500円のチケット代にちゃんとドリンクと開演直前に作った一皿(昼公演はデザート、夜公演は軽食)が付いてくるというのはたいしたもので、店の心意気と相まって素敵な空間を作り出していて、前売り完売というのも頷けるのです。

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【芝居】「奇跡の年〜ANNUS MIRABILIS 」趣向

2015.1.10 19:00  [CoRich]

作家・オノマリコが何年かに渡り書き続けて来た題材を扇田拓也の演出と小林真梨恵の振り付けで上演する115分。12日までKAAT大スタジオ。

翻訳家の男は編集者に勧められて小説を書き始めて評判になっていて、編集者はその作品たちに惚れ込んでいる。
亡くなった祖母の話を話し始める赤毛の女の子、火事で火傷を負った女を治療し手を加えて自分のものとしようとする男、ギリシア人のフリをする三人の少年たちは男で女で両性具有で。四季になぞられた四人の人形たち、繁殖するオスを求め続けるが相手の居ないブタ。それぞれの物語。

小説を書き始めた男との編集者の女。女は男の才能に惚れ込み、男は少々軽い感じながらも女に惚れているという関係を核にしながら、小説家が書いたのかどうかも定かではないいくつかの物語が重なり合います。

小説家と編集者の物語も、それ以外の物語もそれぞれが男女のことだったり相手を求める気持ちだったりとゆるやかにつながるテーマを持っていそうで、それぞれが興味深く思わせぶりな断片なのだけれど、それ以上につながることはなく、さりとてオムニバスというにはあまりに断片化されていて、それぞれの断片は楽しめても、ワタシには全体として物語の幹を読みとれず、どう捉えていいのか戸惑うのです。それでも、どこか哲学的だったりもして心を少し揺らす断片たちはそれぞれに魅力が見え隠れするモチーフだったりもするのが、単に切って捨てるには惜しかったりもするのですが。

作家の男と編集者の女、物語を描くと云うことのある種のおこがましさと、その作品を読みたいと思う人の存在。作品が存在する意義の最小の単位を見せるよう。終幕に至り入院した男にリンゴの皮むきをする女の姿はどこかラブストーリーの始まりでもあるようで幸せな感じ。あるいは、重体となった女を救ったという男はあまりに自分勝手に理想を追い求めて女を「改造」していく身勝手さ、それは男に合わせて女の側が変わっていくということになりがちなことへの冷静な視点。あるいはメスのブタは、破れた服を身にまとい繁殖相手をもとめてさまようけれど、出会うことはできず。それなのにこの孤高さはどこかキリストを思わせるような雰囲気。

作家のblog (1, 2, 3) を斜め読みしてみればいまが人類の最後の世紀かもしれないとぼんやり考えること、余命を宣告された祖母のこととか、あるいは自身の病気のことなど、作家自身のリアルにつながって作られたモチーフなのだながわかります。 とはいえ、物語が欲しいアタシにとっては単に一人の作家から生まれたということより一歩進んだ枠組みというか仕掛けがほしいなと思うのです。

編集者を演じた斉藤まりえの才能に惚れ込んだまっすぐな造型。翻訳家を演じた井上勇希が隙あらば軽く口説こうという二人の丁々発止も軽快で楽しい。ブタ、と名付けられた女を演じたこいけけいこ、すらりと長身が格好良さすら。だからキリストに見えてしまうのか、あたし。少年に見えてその実は女性、という役を演じた大川翔子、両性具有というちょっと難しい立場を演じた和田華子、優しそうな男を演じた吉田能の少年の三役に隠れる思わせぶりな物語も、もうちょっと観てみたい気もします。

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2015.01.15

【芝居】「は?」艶∞ポリス

2015.1.10 14:00 [CoRich]

初の劇場公演なのだそうです。11日までOFF OFFシアター。90分。

デパ地下に入っている佃煮屋の新人店員はデパート社員や上司の評判もよくテナント全体の優秀店員に選ばれるが、同僚や隣のマカロン屋の若い女性店員たちの評判は悪く風俗で働いているという評判も立ちはじめた頃、無断で欠勤してしまう。それは仲がよかったはずの同僚が仕組んだものだった。同僚がとって代わり、優秀店員の座も手に入れ、社員に抜擢されかつての同僚たちに高圧的な態度をとるようになる。デパート社員の男たちからもそれぞれに言い寄られているが、そのことは徐々に全員に知れ渡る。
元々優秀店員の座に居た女は選ばれなかったことに不満を持っていて、ふとしたことで私語を客に指摘されたことに逆上して店内で暴れ始める。

マウンティングだったりデパート社員への激しい裏表の使い分けだったりなデパ地下店員を意地悪な語り口で描きます。風俗でも働いてるという噂をたてられた女はトイレ休憩からは30分も戻ってこないので同じテナントどころか、隣のテナントの店員からも嫌われていてという枠組みだけれど、その嫌われを加速し退職に追い込んでいる別の女は、はじめこそ控えめで乗し受けはいいし、周囲からも頼りにされているし、仕事も男もちゃんと手に入れようとして、のし上がるためにどんな手でも使うという野望まみれな造型の凄み。

アタシの友人の指摘どおり、殆どの人物の立ち位置やキャラクタが序盤と終盤で鮮やかに変化するのもいい作り方です。もっとも、全体に女は裏表があるし、男は女を口説くために存在していたりもするという意味ではそう作りが違うわけではないのですが、悪口を言い続ける、悪口を云ってたけれどやめる、仲よさそうだけれど、トロいのに腹を立てる、悪口言われそうだとびくびくしてるけれど、すぐネットに書いてしまうなど、バリエーションが豊富で観客の誰もが自分にもありそうだし、知ってるアイツにも似ていてフックするようになっています。

細かなそれぞれの人間の造型に加えて、最初は男だけで固められているデパート社員に、一人だけ女性がのし上がる、という構造も巧い。それは嫉妬を生むし、当の本人だってそれまでの同僚や先輩に対しての態度が豹変するので、観客の誰から見ても同情し得ないヒールとしてきっちり機能するのです。

のし上がる女を演じた竹田りさの、大人しそうなふりしてあの娘わりとやるもんだねと云われ続けるのはきっちりヒール、演じきる凄み。それが蹴落とした女は実は登場しないというギミックもいい。佃煮屋の店長を演じた木戸雅美のガハハな親分肌はカッコイイ。 作家を兼ねる岸本鮎佳はクールビューティーだけれど、彼女がこんなに意地悪な人間観察をして、きっちり物語として作り上げる凄さ。ネット依存でややコミュ障気味な女を演じた井上晴賀は、怯える感じも凄いことが起きたのをすぐ書いちゃう浅はかな感じも、表情とくに目力の変化に印象を残すのです。

正直にいえば、(これもワタシの友人がいってることだけれど、まったく同意見なアタシ)、終盤暴れはじめてからは惜しさが否めません。広げた風呂敷をどう畳むか、ということなんだけれど、わちゃわちゃと大騒ぎにしてというのはあんまり巧い感じではありません。とはいえ、どうまとめるのが正しいかと云えないワタシなので偉そうなことはいえないのですが。

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2015.01.08

【芝居】「幸福少女メリルリン子」くろいぬパレード(くろいぬケンネル)

2014.1.4 18:00 [CoRich]

5日まで王子小劇場。

酪農アイドルの二期生が加入してから10年。鳴かず飛ばずのまま残った3人だったが事務所の社長は次のシングルが最後になると通告する。ラストライブを前にし有名プロデューサーが加わったりして忙しくなるなか、心の病を抱えたり、誘われた合コンでセレブな野球選手と恋に落ちそうになったりする。ファンは卒業しメンバー出演を望んだり勝手なことをいう。

解散を控えた崖っぷちアイドルのそれぞれの想いだか奮闘だかを描くのかなと思いますが、正直、物語としては崖っぷちアイドルの逆転でもなく、さりとて物語を放棄してこれでもかと詰め込んだギャグというか笑いの要素が悉く機能しないというのも痛いなと感じます。面白いでしょと提示される、いわゆるベロベロバーが巧く機能していない、ということなんですが。(ワタシの説明わかりにくいですね..)

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【パフォーマンス】「うぇるかむ★2015〜革命の夜明け〜」革命アイドル暴走ちゃん

2015.1.4 16:00  [CoRich]

当日券、50分。

あの絵空箱でと驚くけれど、紙吹雪や生米こそあれど、水やナマモノを使わない形での上演。いつの頃からか、「おはぎライブ(オープニングで二階堂瞳子がそう云ったのが古いファンにはうれしい)には水とナマモノ」みたいになってきたれど、じっくり隅々まで見られることで液体を撒いたりするのが本質じゃないということがわかります。コンパクトな空間のカオス、それをじっくり見られる嬉しさ。

多くの役者たちをブロックに分けてそれぞれに演出とつけたり、役者たちが自ら小道具をセッティングし、ちゃんと場所を覚えておくこと。あるいは百均に並ぶライトやケース、バッグなど多様して小道具に仕立てること。 これまで製造業がやってきた、多能工とかセル生産という手法を恐らくは自覚しないままにパフォーマンスの現場へ再発明していると感じる私です。それが 日本の若者たちの身の丈で作り出していることにちょっと目頭が熱くなる想いだったりもします。

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【芝居】「新年工場見学会 2015」五反田団

2015.1.3 14:00 [CoRich]

新年のイベント企画。今回で10回目とかなんとか。4日まで、アトリエヘリコプター。無事に相続税も払えたという言葉で笑わせたりしつつ。個人的には勤めていたりした御殿山・五反田・大崎界隈の移り変わりを正月に見て回るのも楽しいけれど、激変に寂しくなったりもします。

野良で一人流れて来た男に心酔した男、刑期を終えて出所したら20年が経っていて「チング〜友へ」(ヤクザ映画の偽物、五反田団)
休憩を経て
羊と山羊、めでたい金歯の獅子舞に「紅未会〜未メタモルフォーゼ2015」
高校生の男はオンラインゲームにハマっていて毎日オンラインの友人たちと共に闘っている。新たなグローブ型デバイスが手に入ってよりリアリティを手に入れたプレイヤーたちだが、あちら側の世界とこちら側の境界線が崩れ、怪物たちがこちら側に攻め入ってくる。「〜RPG演劇『エンド・オブ・ワールド』」(ハイバイ)
プーチンズ「プーチンズの新春ライブ」
警察官は相変わらず荷物検査をしたがる「ポリスキル」

「チング〜」は昨年亡くなった二つの巨星のいわゆる昭和ヤクザ映画モチーフな一本。広島ヤクザと一匹狼の友情の物語という仕立て。ざまざまな要素を詰め込んだ結果、95分というのはお屠蘇気分の抜けない身体には正直少々長い。ヤクザ映画のファンではないアタシですが、その映画に対する敬意があまり感じられなかったかな、と思います。もちろんいつも通りに笑いの多い舞台なのですが。

ホットワイン(スパイスがいい味なのです)が提供される休憩は案の定30分ほど。思えば最初の頃はトイレ一つしかなかったのに、同じ時間だったわけで、アトリエヘリコプターのトイレが充実して女性用2,男性用1になってもあまり変わらないというのは、観客が増えたということか。

あとの「紅未会」は踊りと獅子舞、という正月っぽさのフォーマットを段ボールで作るというのが楽しい。羊と山羊がなぜか喰われて小さな獅子舞が出てくるというのもある意味めでたい感じではあります。

ハイバイのRPG演劇、当日パンフで作家は敬意だというけれど、類型が簡単に作れるという意志で書いたのだと読みました。いわゆるRPGだったりネットゲームだったりする雰囲気だし、まだ何者にもなれない高校生と顔が見えないネットの向こうの友達との戦いだったり、現実に逢ったときの落差だったり。案内人がちょっと可愛い女の子だから惹かれてしまうけれど、そっちの世界に残ってみれば旦那もでかい子供も居たりするという切ない感じもいい。五反田団に比べてコンパクトな60分もちょうどいい感じ。

テルミンとギターボーカルといういつも通りのプーチンズ。結核という曲だったり、えらいお坊さんの話を熱心に語る男子のうざったさという曲などバラエティはあるけれど、もう一歩先が聴きたくなってきているアタシです。

これもお約束、ポリスキル。職質を受けて鞄の中を見せれば演劇に使う刃物が入ってたりしてめんどくさい事態に陥るというフォーマットはそのまま。女優たちのコーラスも華やかで楽しい。

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【芝居】「gaku-GAY-kai 2014(贋作・銀河鉄道の夜2014)」フライングステージ

2014.12.30 18:30 [CoRich]

10分の休憩を挟んで230分。30日までSPACE雑遊。

星祭りの夜、ジョバンニは星空を見ながら気がつくと銀河ステーションという場所で、何にも悩み傷つくことのない機械の身体を手に入れないかと女に誘われる。気がつくと親友・カムパネルラ、作者・宮沢賢治を名乗る男も一緒に旅に出ることになる。女の元の恋人だという宇宙海賊によって、本当は女は夜の女王の一人息子なのに女装癖を許さず、自分の身代わりとなる男を捜しているということが知らされる。その姉もまた、自分のありのままを母親に受け入れられず、ともに夜の女王にありのままの自分たちを受け入れるように訴える。宮沢賢治もまた、この物語を大切な友人と別れる哀しさを忘れるために書いたのだという「贋作・銀河鉄道の夜 2014」。
11本のショー。

  1. 「アイハラミホ。の驚愕!ダイナマイトパワフル歌謡パフォーマンスしょー」
  2. 親戚の男の子を町に送っていったが大切なバス代を「佐藤 達のかみしばい 〜僕の話をきいてください〜」
  3. 昭和歌謡を「ジオマンのトリオでGO!」(ジオラマ・マンボ・ガールズ)
  4. 赤ん坊が育ち女になり、ヘルメットを身につけ銃をかまえて「路傍のマリア」(西山水木)
  5. 「リヴァイタル・ルージュ」(モイラ・ボルデリ)
  6. 「女優リーディング」(関根信一)
  7. 弾き語り「The World is Yours」(芳賀隆宏)
  8. 「ドラマリーディング『あーやと僕』」(作・伊藤悠子 演出:関根信一 出演・枝元 萌、佐藤 達)
  9. 「Por una cabeza 〜新宿二丁目午前零時〜」(ぶー子&てっぺん)
  10. 「中森夏奈子のスパンコール・チャイナイト vol.7」 (中森夏奈子)
  11. あの映画と、あの長寿番組「今年もアタシ、第二部で何かやろうかねえ」 (エスムラルダ)

いつものように二部構成、もりだくさん。 「贋作・銀河鉄道の夜」はジョバンニ・カムパネルラの友情というかまだ幼く気付かない好意を匂わせた銀鉄をベースに、その外側にさまざまな要素をてんこ盛り。鉄道の旅を伴にする大人の女を女装の麗人、同じ作家の宇宙海賊やら、2014年の大ヒットアニメミュージカルでの、このままの私で生きていく、という姉妹と毒親めいた母親の関係を組み合わせます。更にカムパネルラのモデルとされる作家の親友・保阪や妹・トシを亡くした悲しさ、心を亡くせば耐えられるという宮沢賢治の背景を盛り込んでいます。必ずしも巧い役者ばかりではないイベント企画の芝居で、パロディをてんこ盛りに詰め込みながらも、それぞれの原作に対する敬意が行き届いていて、気楽に観られる爆笑編ながらも奥行きと見応えを兼ね備えた物語になっています。撮影自由とはいいながらも、アニメーションのパロディてんこ盛りだからネットにはあげないでね、というのもご愛敬だし、著作権ゴロなあの会社が相手なのだから、まあそれは正しい判断。

短いショーが次々と観られる第二部もいつもの感じ。いわゆるゲイバーでのパフォーマンスっぽい、爆笑でパワフルだったり妖艶だったりするダンスやひどく下品な下ネタパフォーマンスに加えて、強い反戦メッセージを盛り込んだジェストダンスや、役者のとぼけた味わいが魅力で秋田で過ごした子供のころのちょっとした物語を膨らませた紙芝居、ゲイの恋人と行った宝石店の店員との会話を描く小説のリーディングなどそれぞれに楽しめる小品。

中森明菜の物真似を毎年続けてきた中森夏奈子は、いままでこそテレビにでられない拗ねた自虐ネタばかりだったけれど、紅白出演を控えたこのタイミングでは、腰は低くも自信に満ちあふれた、といった風情のパフォーマンスに客席からはかけ声までかかる盛り上がりが楽しい。

もう一編のリーディングはパワフルな女子に振り回される男子のイマドキ風なカップルを描く短編で、それは「猟奇的な彼女」風味でもあるのだけれど、ほどよく恋人な雰囲気でもあって、面白い一編。他での上演がされたこともあるようです。

アラカルト亡きあと、年末らしい楽しさいっぱいの風物詩として、私はまた来年も楽しみでならないのです。

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2015.01.04

【芝居】「ブリザード・ミュージック」キャラメルボックス

2014.12/21 18:00 [CoRich]

キャラメルボックスの人気作、主演してきた西川浩幸が再び演じるのも注目の120分。神戸のあと25日まで、サンシャイン劇場。観たことはあるはずなのですが、また忘れてるアタシです。

祖父はクリスマスの時期、勝手に劇場を一週間借りて演劇を上演すると言い出す。経験は無いが、学生の頃に上演できなかった戯曲があるという。しかもヒロインはずぶの素人の看護師に決まっているという。オーディションに集まった5人の俳優たちはそのままの上演は無理だと言い出し、70年前、その戯曲を手に入れたいきさつを上演することになり、祖父の家族たちを巻き込みながら、一週間後の上演に向けて準備が始まる。

同時上演の新作と同じ、 存在しないともいわれる 宮沢賢治「ペンネンノルデの伝記」(青空文庫)だが存在した、という出発点。それが賢治の意志とは別に東京の学生の手に渡り、上演は叶わなかったけれど70年の時を経て上演されようという物語。 演劇部とか役者というだけではなく、キャラメルの芝居にしては珍しく、物語の枠組みには、小劇場、宝塚、アクション、児童劇、大学生のサークルなどいくかのパターンで役者というものの生き方を自問自答するようなシーンが組み込まれていて、作家の演劇観が垣間見えるよう。

まだ何者にもなっていないころの宮沢賢治、いちおう書いたけれど発表を躊躇する気持ち。こっそりとはいえ読んでしまった人々の賞賛があっても、その気持ちは揺るがないという臆病。正直にいえば、上演できなかったこと、それから70年後という二つの時点を結ぶ時間が積み重ねたものに対して少々共感しづらいというか、端折り過ぎでは無いかと思ったりもしますが、それはたとえば役者というものへの想いを語るシーンとの上演時間の配分の問題なので、その危うさこそが、若い頃の作家の荒削りさを残すようでもあるのです。

正直、祖父を演じた西川浩幸はセリフに不安がないと云えば嘘になります。それでも、ジジイという役が助けになったか、大量の、しかも出突っ張りの主役という存在の説得力。 恋した相手の女を演じた渡邊安理は美しく清楚と、今時だけれど実直な女の子、という二面が楽しい。少々お調子者で明るい母を演じた坂口理恵、あるいはオーディションに来た二人の役者を演じた畑中智行、三浦剛などぞれぞれの役者としての余裕ゆえの遊びが楽しい。ボーイッシュな役ばかりが不満だという女優を演じた実川貴美子は、キャラメルでの今までの役が台詞に出てきたりする楽しさ。

芝居ゆえの演出、たとえば匂いだったり水だったりというのは生ゆえの楽しさ。今作はラストシーンで風を吹き抜けさせる、という演出。サンシャイン劇場という規模ですからもちろん全ての席で成立させられるわけではありませんが、コンパクトにみえるサーキュレータで通路やや後ろの席のアタシにもちゃんと風が吹き抜けていったというのは気持ちいい。こういうちょっとした工夫が芝居を見た充実感に繋がるんだよなぁと思ったりもします。

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2015.01.02

【芝居】「世界へ Au monde」青年座

2014.12.21 14:00 [CoRich]

アタシは初見のフランスの作家・ジョエル・ポムラによる2004年の作を青年座の60周年記念公演の一本として上演。115分。21日まで青年座劇場。

巨大企業の経営者とその一家が住む家。都心には珍しく緑も多い。長男は父親を助けていて、妊娠している長女は感情を表さない。その夫は野心的で、次女は人気のバラエティショーで司会を務めている。亡くなった三女に瓜二つな養女を迎え、軍から戻ってきた次男でパーティ始まる。そこに、誰も知らない言語を話し、働くでもない家政婦が雇われてきて現れる。

別売りの当日パンフによれば、現代を描き出し、フランス語戯曲としてはトップクラスに面白いのだといいます。なるほど、イマドキの世界の断片を詰め込み、家族という形はあっても、バラバラに生きる人々を描いていて、確かにそれは明快な解のない今の世界を箱庭のように描き出している、ということだろうとは思います。裕福で成功した男とその家族、「三人姉妹」を思わせる不安に思う娘たちには養女が混じり、何をしてるでもないのに雇われている移民の家政婦が不気味な雰囲気を漂わせます。 その混沌や不条理を描き出したいということかもしれないし、なんか面白そうな要素がてんこ盛りな登場人物が揃いますが物語としては少々肩すかしな印象が強く残ります。問題を提起して、見る側の問題として感じ取り考えるということなのだろうけれど、アタシは要素じゃ無くて物語が観たいのだ、正直にいって、芝居でそれを上演しなければならない、という衝動というか意味をいまひとつ理解できないアタシなのです。

思わせぶりで、でもちょっと斜に構えたような描き方で、正直ちょっと鼻持ちならない語り口と感じてしまうアタシですが、それでも2時間弱を飽きずに見られるのは、青年座の役者たちのちから。長女の夫を演じた大家仁志の「意識高い」感じだったり、TVショーの司会者でもある次女を演じた椿真由美の世間と繋がってる感じ、イノセントに見える養女なのに妖しさを醸し出した田上唯もいい。とりわけ、移民の女を演じた松熊つる松の不穏さなのにラテンな雰囲気はもちろん異質感という役どころだけど、目が離せなくなってしまうのです。

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