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2014.07.05

【芝居】「つぎとまります・初夏」肋骨蜜柑同好会

2014.6.28 13:00 [CoRich]

2012年にわずか一ヶ月で再演され、佐藤佐吉賞2012優秀脚本賞ノミネートという劇団の看板演目の3演。私は初見の劇団です。70分。29日までpit/北区域。

かけなくなった小説家は、日常から逃げようとして、気がついたらバス停に居た。バス停の前にはブルーシート。テーブルを出して、おもちゃの「流しそうめん機」で食べている女がいる。女は女優を名乗るが、演技の経験はないのだという。男は小説がかけなくなって逃げてきたという。

行き詰まったクリエーターの自問自答かという外枠を持ちながら、その内側にバス停前のホームレス風な女との延々な二人語り。何かを待っているのか待っていないのか、ここで遊び続けているというのは「ゴドーを待ちながら」な雰囲気で始まり、不条理の様相に。 小説家のように日常(繰り返す日常を流しそうめん機でぐるぐると廻るアヒルの人形にたとえるのが可笑しい)から逃げてきたとしても、その外側にはまた再帰的にフラクタルに同じような世界が広がっているのだ、だから逃げての無駄で「ここに居る」のだ、という語り口と読みました。が、それは消極的に「ここに居るしかない」のではなくて、ここには地蔵しか居ないけれど、私は女優として此処という舞台に立っているのだというしごく前向きな雰囲気に。

ゴドーに、独りでも立ち続けること、どこか再帰的な感じとなれば「朝日のような夕日をつれて」がどうしても思い浮かぶアタシです。ひとりでは耐えられないと認めながらも、独りで立ち続けるのだ、というどこか悲壮さすら感じさせる(しかしそのシーンが実に格好いいのだけど)見え方に対して、その独りで立ち続けているということを喋るのが女性だからなのか、今作の雰囲気はずっと柔らかで、軽快に感じるのは、今時の女性、という感じでもあります。

四角い舞台をの二辺に座席を持ち、バルコニーもある特殊な形状のpit/北区域です。観客の導線も通常とは異なって、入り口からすぐに下に降りる(通常は楽屋スペースになっているところと推測します)ようにしていて、その入り口から遠い側のブロックにすわったアタシは結果的にはあまりうまくありませんでした。音響ブースのある入り口に近い側の方があからさまに正面で、特に女優の右肩と脇をずっと観続ける(でも肩が出てる衣装で実に色っぽいのですが)ことになりました。もっとも終幕近く、女優が上のバルコニー席に上がるシーンの神々しさすら感じさせるシーンが観られるのはむしろこの席だったので痛し痒しではありますが。どうしてもこの向きにしか舞台が作れない、という感じでもないので、ちょっと残念。

「女優」がドレスと主張する衣装も近くでみれば、カーテンだったり、肩紐がビニール紐だったりと廃品利用をことさらに隠すことなく。そのわりには実に美しくていい感じではあるのだけれど、 ブルーシートにキャンプ用のテーブルとなれば、序盤で台詞にあるとおり、ホームレスか、ということになるのだけれど、それはあっさり通ってきてここに居るのだ、というわけでややミスリードな感じは否めませんが、これは大きな問題ではありません。

女を演じた田中渚は、声が印象的で可愛らしいのに、きっちり前向き。佐藤佐吉演劇祭期間中に王子小劇場裏に設営された「ひみつ基地」でうろうろしてたら終演後の私服姿、下駄にワンピースでまたこれが美しく、見とれてしまったとかなんとか。男を演じたフジタタイセイはどこか情けない感じだけれど、不条理なことに突っ込みを入れる感じが誰かに似ていると思ったら、元P.E.C.T.の中嶋比呂嗣だな、と思ったけれどどこがどう似てるか今ひとつ巧く表現できないのですが。

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