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2012.06.26

速報→「ネジ工場」タカハ劇団

2012.6.14 18:00 [CoRich]

タカハ劇団の新作、千秋楽のカーテンコールのダブルコールに慣れない出演陣もちょっとほほえましく嬉しい105分。24日まで駅前劇場。

下町のネジ工場、うだつのあがらない三兄弟が暮らしている。人々は謎の病気で突然死んでしまうようになってきていて、余裕がある人々は生き延びるために海外移住する動きが増えている。発注先の会社から強度や重量や構造などが無理な注文が舞い込んでいるが、そのネジが何に使われているものかは、彼らにはわからない。
ある日、突然、父親の隠し子で妹なのだという美人が恋人に付き添われて現れ、この工場を欲しいと言い出す。

昭和の香りめいっぱいな美術、個人経営の町工場らしい感じ(A3のプリンターがあるってのが図面用っぽくてリアリティ)、うだつのあがらない太ってたり髪が薄かったりという三兄弟たち、そこにやってくる謎の美女という枠組みだけなら新喜劇かというほどのベタベタな人情喜劇もできそうな布陣ですが、作家・高羽彩は一筋縄では行きません。近未来、人々が謎の死をとげるような時代、あるいは無茶なネジの注文によって創られているものがいったい何なのか、ということは明かされないけれど、ある種のディストピアをこの舞台の外側の「世間」として作り込みます。

マグネシウムのキリコ(切り粉)が発火し、水をかけると爆発するという挿話が理系男子というよりは、マグネシウム加工の現場こそみてなくても、それを肌で感じているアタシとしては、ちょっと楽しいし、花火に見立てるのもいい雰囲気。ならばその加工機械を投資すれば仕事ができるという発想、高度経済成長のようなかつての時代を懐かしむ彼らの心情は、(カセットテープとかフィルムとかいう言葉も含めて)ああいう家で育ったわけではないけれど、雰囲気としてよく理解できるオヤジのアタシなのです。

恋人たち、出入りの業者という世代は若い観客に近い世代に描かれます。配送業者が寝ていて次男が怒り、「妹」が責め立てるシーン、なるほど、親や教育(も社会も)が機能していない(と、子供も居ないアタシが云う資格はないのですが)彼らが怒られるということの化学反応。三兄弟にとっても「妹」(この場面で作業着に着替える流れにするというのも巧い)という刺激があらたなことを思い描き、実行し失敗しということのダイナミックな動きは確かに人情喜劇っぽく楽しいのです。

生きるために仕事をすること、家族として暮らしていくという、少し前まではごく当たり前だとみんなが感じていた筈なのに、望んでも手に入らなくなってしまうこと、汗水たらして作っているものは世の中を良くすることに資しているとみんなが信じられた時代が土台から揺らいでしまっている今、そこに希望があったり絶望があったりということがないまぜにして描く作家の視線が鋭いのです。

あかりを演じた水谷妃里は鼻持ちならなくて、美人でだけれど、心が揺れる瞬間が美しい。次男を演じた夏目慎也の家族を支えている感じに説得力、兄二人が喧嘩していることを笑わせようと、一緒に暮らそうと考える三男を演じた山口森広もまた説得力があります。長男を演じた有川マコトは悩み抜いた挙げ句に心を病んでいるというおかしくなりそうな役をしっかりと。板倉チヒロが演じる出入りの配送業者という会話できるんだか出来ないんだかという絶妙なバランスが楽しい。

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