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2012.06.11

速報→「15 Minutes Made Volume11」 Mrs.fictions

2012.6.10 14:00 [CoRich]

約一年ぶりの15mm、隅々まで洗練が進んだ感のある枠組みに休憩10分込みの130分。11日までシアターグリーンBox in Box シアター。

失恋のあまり落ち込んでいる女子中学生のため、親友はその元彼を忘れさせるために別の良さげな同級生のことを好きになるように猛特訓することにする。最初は気乗りしなかったが、やがて告白しようという気になって「工藤、笑って」(月刊根本宗子)
昔々からの女たち、飲み込んだ種は次代に受け継がれていく「lovvvvvvvv∞vvvvvvvve」(宗教劇団ピャー!!)
バブルの頃につきあい結婚した父と母。父親はバブルの時代の記憶と現在の記憶が混ざってしまって、今夜も母を六本木の知り合いの店のディナーに誘う。その店はとうに潰れてしまったのに「お父さんは健忘症」(Mrs.fictions)
ゾンビに噛まれてしまい、ゾンビになるのは時間の問題の女は43歳。若い彼氏が居て、十分やさしくて。が、感謝を伝えるうち、女のテンションは妙になり、ゾンビ云々以前にもう女として見てくれてないじゃないか、と言い出す。「散々無理して女だった、女だったのに」(MCR)
ヤンキーあがりの姉の話を語る男。その夫はある日、火事で子供と妻を残し亡くなってしまう。弟である俺は、それを見守っている「八坂七月 諏訪さん九月」(あやめ十八番)
サッカー部、女子マネージャーと共に勝ち進もうとそのとき、札付きの他校サッカー部との試合の乱闘で、キャプテンは脚を痛めてしまう。それを託された後輩は「キック・オフ!!」(梅棒)
一年の空き時間を経てのゆえかどうか、全体に洗練された印象があります。たとえば、下手側が巻き上がった一枚の紙のようなしつらえの舞台。たとえば舞台上の6枚のパネルがあって、プロジェクション・マッピング風に使ってタイトルなどに使う構成。たとえばちょっといい紙を使いながらもコンパクトに情報をちゃんとまとめた当日パンフ(劇団の由来から作品、出演者と今後の予定がちゃんと。この手のオムニバス形式のお手本といってもいいと思います。)。さまざまが機能的で無駄がなくて、しかも美しい。手作り感あふれる初期の感じも悪くはないのだけれど、ここに至り全体がそういう設えになっている、というだけで気持ちいいつくりになっているというだけで素敵に思えるのです。

「根本宗子」は、フられた女友達と元気づけようと奮闘する女友達、しかし女同士の友情とか親友ってものの深さと薄っぺらさ(終幕の工藤の表情が超絶にすばらしい)を15分に濃縮。フられたことを忘れるために新しい同級生に恋をすることにする、という少々無茶なところを、乗り越えるブートキャンプ風に見せるのは前回公演に音楽も含め似たシーンがあった気もしますが、ショーケース企画なんだから劇団の強みになる過去シーンを使うというのはむしろ正しい貪欲な姿勢だと思います。フられた女を演じた梨木智香のメガネギャップ、ブートキャンプする女を演じた根本宗子はその無茶を有無を言わさず乗り越えさせる強さ。フった男(小西耕一)にパンを片手に喋らせるだの、優しくてイケメンだけど適当な同級生(加藤岳史)というキャラクタの設定も何か、らしくて面白い。

「ピャー」は初見です。まあ、芝居なんかよりも遙かに強力な現実の宗教団体のニュースにあふれた今週というタイミングは、客席がひくというよりはインパクトの差という点で不利に働くのは、劇団名として名乗る以上は仕方のないところ。女優、その母と祖母というワンアイディア、それが本当ならば、それをちゃんと舞台に乗せられるまでに何とかした、という点は認めるものの、彼女たちの血のつながり以上に、物語が何か提示できていたのかという点で今一つピンと来ないのです。舞台後方でずっとキスしたり抱きしめたりし続けている恋人たち「本当の恋人たちの」というアナウンスを信じるならば、彼らには敬意を払うけれど、それを単なる背景に使うということの意味が見えづらいのです。最後のラッピングする感じは期待を持たせるものの、これも巧く機能したとは思えないのです。

いままで頑なにトリだった (トリでなかったものも数本あるようです。ご指摘感謝)「Mrs.fictions」が中入り前、というのは新鮮。それに留まらず、若年性の健忘症、記憶の混濁、バブルの時代というわりと手垢にまみれたアイコンを巧みに組み合わせて作り出す物語が新鮮で豊かです。バブルの頃の記憶に生き、妻となった女を六本木の交差点で口説いたという一点を核にしながらも、そのあとの結婚、出産を経て居る娘(ツッコミ役として重要)のことだってちゃんと忘れていないというのは混濁をうまく使います。そんな夫を受け入れるように、近所の買い物に出かけるのにドレスに着替えるという妻、ワタシたちはそれを観て笑うけれど、受け入れると云うことの重さを軽やかに描く確かな力。父を演じた岡野康弘の胡散臭さと真剣さ、母を演じた小見美幸の変貌のギャップ(驚きって芝居には重要)、娘を演じた長谷美希、つっこむということだけでなく、私の知らない父母の話を聞くことのメンドクサいけれどちゃんと聴いてるという感じが嬉しい。

中入り後は、セットのない芝居ばかりということか、筋肉質な締まった芝居をコンパクトに。

「MCR」は過去、小椋あずき主演の「女がつらいよ」をの本編と終演後のパフォーマンスをモチーフにしたかのような構成はショーケース企画に対してこれも正しい姿勢。ゾンビという設定もそのときの企画公演だったか。動かぬ柱となるのは揺れ動きながらも支えよう、という気持ちはある若い恋人(佐賀野雅和)で、彼に対してどう対峙していくか、ゾンビになりかける年上の女の揺れ動き、迷って気になっていたことをぶつける、というあたりが圧巻です。小椋あずきこそがむしろアタシに近い年齢、つきあってくれてありがとね、という気持ちに寄り添いたい(けれど何もないアタシ(泣))。櫻井智也の年上好きっぽい感じもちょっと楽しい。女がシてくれないことに不満ということを芝居として仕上げるのは実はかなり困難な気がしますが、役者たちも脚本の間合いも含めてきちんと物語になっていて、これを作った作家の確かな力を感じるのです。

花組芝居の堀越涼が立ち上げた個人ユニットのお披露目「あやめ十八番」は一人芝居。スーツ姿で落語のように上下を切る芝居をしつつつ、照明を使って他の人(三谷幸喜の「なにわバタフライ」がそうだ)の巧み。笑いもろくにない芝居なのに、きっちり見続けさせてしまいます。これが彼自身の話なのかとうことは聞いてみたい気もするのですが、自分と兄弟たちのことを語っている弟キャラは後から考えれば語り部という意味で巧みな距離感のポジションが巧い。もちろん役者には圧巻の信頼を置くアタシです。

ダンスユニット「梅棒」は初見です。言葉を一言も発せず、ダンスだけできっちり見せるだけの迫力と力があります。正直に云えばあたしは台詞のないダンスは苦手な部類なのですが、シンプルでわかりやすい物語に乗せて、パワフルにキマる男たちのダンスってものの気持ちよさ。女子マネージャーですら男(野田裕貴)ですが、ジャンプもキレも対等に渡り合うために男で、ということにはプロダクションとしての説得力があります。

次回はたまりに溜まったmrs.fictionsの15分芝居を期待しちゃう「15みうっち(身内)めいど」とか。割と楽しみなのです。

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