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2011.11.29

速報→「悪夢くん」横浜演劇計画

2011.11.27 14:00 [CoRich] [YouTube 1,2]

2011.11.27 14:00

その町では、鎖で通行人を絞め殺す「切り裂かない豆の木ジャック」が出没していた。みかけた少年、謎めいた易者や書けなくなった社会派リアリズムの作家がその毒牙にかかる。

今時の芝居という感覚からするとずいぶんとアングラ風味といえばそう。でも、たとえばオープニング(YouTube) のワクワクするような高揚する感じはもっと後の時代のもののような気がします。かと思えば、ウルトラQ風味(なんせあのSEだ)だったり。このあたり、アタシの世代よりは少し上の、懐かしい感じも楽しい。

じっさいのところ、楽しむべきところは物語と云うよりは空気感だという感じはします。たとえば 「寿歌」(1、なんとびっくり、来年は堤真一で上演!)の後日譚のようなテイスト。少年のような男(しかし会計事務所に勤めている、という表現があるから若者ではあっても少年ではなさそうだ)の生い立ちには、完全に滅亡した世界をさまよう芸人と娘の子供というような表現が見え隠れ。 作家に私が感じる苦手な小理屈な感じは少なめでファンタジーっぽい仕上がり、あるいはまあ小理屈なところ(YouTube)も気楽に楽しいのです。

劇団の人気俳優、その恋人の女性劇団員、その惚れっぷりが妙に色っぽいなぁと思っているととんだアバズレだったり、でもほわんとしていて妙な心持ち。あるいは編集者の一人として寝てでも原稿をとる、なんてあたりもまあセクハラしまくりどんとこいな感じはずいぶんと古い感じを受けたりもしますが、その女性たち自身はもっとしたたかで、現代に引き寄せたような造型はハイブリッドな感じはなかなか観られない感じ。作家や演出の年代と役者たちの年代の綱引きのように感じられます。

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速報→「明日に向って売れ!」ギンギラ太陽's

2011.11.26 18:00 [CoRich]

ギンギラ太陽'sの新作、というよりは小ネタ集。27日まで西鉄ホール。70分のふれこみですが、85分。

新しい博多駅の駅ビル、博多シティの強力な核テナント、阪急百貨店の威力と駅直結で客を囲い込む戦略。対して天神の百貨店群や魅力的な販売店群との対決の狭間で、位置的にもその間に位置するキャナルシティはテナントの流出や客の減少に悩んでいた。その秘策は、隣接した土地に新たに建設される第二キャナルであった。

という枠組みを持つものの、これに利用者が伸びない三号線(七隈線)、玉屋跡に建てられたがテナント不足に泣くGates7、博多駅・博多口がにぎわいを取り戻してもなにも変わらない筑紫口といったぐあいに、負けてる側を笑い飛ばしながら愛すべき「キャラクタ」に仕上げた小ネタ集という構成。ソフトバンクホークス優勝に沸くこの週末にもかかわらずJ2降格の憂き目に合ったアビスパを取り上げてくるあたりもうまい感じ。

そんな負け組にあっても、七隈線の終点・橋本に今春開業した「木の葉モール」は、実はキャナルシティ・マリノアシティ・リバーウォークといった苦戦するモールを抱える同じ福岡地所グループで、それがなかなかうまくいきそうだ、という希望につなげるのも地元への愛にあふれているなぁと思うのです。

あるいは、天神駅にそびえるソラリアプラザの土地にあった福岡スポーツセンター (1, 2)の土地の記憶。大相撲九州場所も行われていたというここのシネマの閉館が11月末、というのに合わせた終幕の物語、小粒ながらちゃんと泣かせる題材を探してくるところはさすがです。

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2011.11.22

速報→「五反田の夜」五反田団

2011.11.20 15:00 [CoRich]

五反田団の新作。アタシは結構久しぶりに拝見します。20日までアトリエヘリコプター。

「きずなプロジェクト」は千羽鶴を折って届けようというボランティアサークル。何かできることはないかという想いの結実したものだった。ある日、リーダーが目黒川沿いで行われる「肉まつり」のブースに出展しないかとメンバーに持ちかける。出展料も結構かかるのに強引にすすめようとするリーダーにそろそろ違和感を感じてもきて。
いっぽう、商店街の不動産屋は商売が厳しく、社員の一人を解雇するざるをえなくなってきている。やめる直前になって、その店の娘をやっとの思いで映画に誘うことに成功する。

物語はたった6人の登場人物、品川-大崎-五反田というごく狭いエリアで語られます。明確には語られないけれど、震災を東京から見ている人々と景気はやっぱり悪い現在。そういう日本の今を外挿して、これは間違いなく今この瞬間の私たちの感覚を切り取った背景。

そういう背景があっても、ボランティアサークルというごく小さい人間関係の中でのイヤだなと思う気持ち、それをどうにかしようという行動、その結果としてのグズグズ感。爆笑編に見せながらも、そのひとつひとつを丁寧に、時に底意地悪く描き出す作家の確かな力。サークルのリーダーは悪意はまったくないけれど、押しつけがましく気位が高く、て実に辟易する感じに造形されています。演じた西田麻耶は、劇中「カダフィ」と呼ばれるほどに鼻持ちならない感じでヒールをきっちり演じきります。 対抗勢力を演じた後藤飛鳥にしても、扇動される「大衆」を演じた中川幸子や大山雄史とみれば、なるほど、これはまた革命の話でもあるのだと気づくのです。そういう物語をたった4人で描けるのだなぁと思うのです。

それとはほぼ関係なく、もう一つの話は解雇された男のその店の娘への恋心の話。挙動不審な感じいっぱいでやっとの思いで(品川の)映画館に誘い、その帰り道に手をつなごうかどうしようか、いやだめだ、あ、女から手をつないできた、という具合に中学生かというぐらいにピュアでどきどきする気持ち。せりふらしいせりふはなく、身体表現といえばそうなんだけど、いわゆる品のいいダンスとは違って、ほかに解釈を許さないように外堀をがちがちに固めて、誰にもきちんとリーチするような素朴な気持ちをきちんと描きます。宮部純子が美しくそのあこあれの説得力。客席の女性たちが微笑ましくうれしそうに笑う声の楽しさ。

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速報→「ささやく君のくちびる」年年有魚

2011,11,19 19:30 [CoRich]

ハイペースで公演を続けた2011年の年年有魚、新宿眼科画廊の二部屋で、同じ物語を役者が行き来しつつ見せるという試み。100分。23日まで。アタシはスペースM側で。

ギャラリーで開かれる友達を集めての婚約パーティの直前。歌を練習したりしている。サークルに友達を呼んでくるひとがいたり、あるいは弟や先輩がいたり。

同じ役者でM/Oという二つのスペースで同じ物語、という触れ込み。当然こっちに出ている役者は向こう側には今はいないわけです。物語の軸に見える、プロポーズと合唱の順序がスペースによって入れ替わっているのだろうなあとおもうのです。Mでの印象は逆順で、先に二人きりのときにプロポーズ、そのあとにサプライズだからプロポーズが秘密だという話が出てくることで、木訥な男の想いによってサプライズは台無しになっちゃったけれども、提示の順番としては結構効果的に働いている気がします。

どこかで見かけるような風景や人物を並べていきます。たとえば婚期を逃しそうで会社やめたいと思ってて、サークルでも今一つ打ち解けられない正社員(前有佳、岩堀美紀)と、モテる感じであっという間に人々と打ち解けてしまう派遣社員(森口美樹)という構図。あるいは、主婦三人がこのサークルの何を楽しいと思っているのだろうと思ったり。

演歌歌手を目指すかわいい男子(山下豪)をめぐっての会長(辻川幸代)と可愛らしい派遣社員の嫉妬、確執の端緒。あるいは気になるバツイチに言い寄りたいと思う男 のシーンがちょっと好きだったりします。

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2011.11.20

速報→「戦場晩餐」パラドックス定数

2011.11.19 15:00 [CoRich] パラドックス定数の新作。戦場をめぐる中華料理屋の話、というまったくの創作な120分。スペースエッジで23日まで。

日本、とくに都内は日本人と外国人の小競り合いに端を発して治安は崩れてしまっていて武器が普通に所持され、地雷が平気で埋まってたりして金持ちたちは東京を逃げ出してしまっていて、動くことのできない低所得層ばかり残っている。この中華料理屋はごく普通の汚い中華料理屋だが、食材の入手すら困難でいい値段がついている上に、命の危険を冒してでも、出前をしている。

銃の所持が禁止され平和ぼけになっているのはアメリカで、日本は教育が綻び、文盲もそう珍しくなくなって、外国人と日本人の小競り合いがエスカレートしている、という背景。移民(外国人)が低い賃金で働き日本人の雇用を犯し、移民は移民で低い所得に甘んじているという移民と自国民というのをベースに。戦争ではなくて、最初はきっと小競り合いなのだけれど、そこで人が死ぬことで民間人同士での憎しみの連鎖を生んでいくということが見えてくる終盤に迫力があります。

これ日本の未来の話かもしれないけれど、バブル崩壊からこっちの日本の別の行き方というパラレルワールドな感じがします。アメリカの銃所持禁止ができるなんてのはずいぶん先どころか可能なのかどうかすら怪しい、というのがあたしの実感なのです。

正直に言うと大雨が降っていた19日昼は、スペースエッジという半屋外な場所には容赦ない雨音。開演まではこれも雰囲気を作り出しているなと暢気に思っていたけれど、いきおい声を張り上げざるをえず、物語の雰囲気の形成はおろか、部分的にはせりふが聞こえないという事態にもなっていて空間を制圧できなかったのは事実なのは惜しいところというかあまりに運が悪い。

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速報→「チルディズム」げんこつ団

2011.11.16 19:00 [CoRich]

★周年を経たあとの最初の公演。次回は来年12月とか。130分。20日まで駅前劇場。

女性ばかり、イケメンから禿おやじまでも演じ分け、ときおりあるかわいい女性役に作りモノ感を感じてしまうというのはいつものとおりのフォーマット。ニュースショーを模した映像でコントをつなぐことが多いのだけれど、今作では映像はやや少な目にしている印象。

二人の若者の語るシーンがちょっと好きで、植木早苗と共に演じた大場靖子はまった新たなキャラクタを獲得したという感じがします。今までだって彼女はおやじ、おばさん(転換中に目をそらせるだけの係、とかもおかしい)をやらせるとほかを圧倒するのだけれどそこに若い男という新たなレパートリー。が増えたのがうれしい。

にしても、これを20年です。役者の入れ替わりや映像の技術の進歩、あるいは演じる場所の変化、毒の吐き方や優しさに変化はあるものの、女優だけでカッコいいのもダメなのも、揶揄しながら演じていくということの根幹はかわらないのです。

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2011.11.16

速報→吉川忠英ライブ「ギターと落語の夜」

2011.11.15 19:00

あたしは初見です。よく行く店の店主二人の大プッシュ、しかも平日でいけそうなところなら行くしかありません。90分。洋酒店醇にて。[Official Site]

15人も入ればいっぱいになるバー、なぜか畳敷きの小上がりがあって、そこに椅子を置いてアコースティックギターだけでの勝負。のんびり酒を呑んだりもして、ゆるゆるとした語りをとりまぜながら。タイトルにある「落語」はじっさいのところ前日の別会場の出来がイマイチと云いながら「落し話」というアルバム中の曲に差し替えた格好になっていました。

Profileをみればそうそうたるアーティストのレコーディングやコンサートに参加。40代のあたしにヒットする懐かしめのチューンと、オリジナル曲をとりまぜて。

草原の歌と題した一曲はホーミー(のどうた)を混ぜての曲。EPOのコンサートに時々参加する嵯峨治彦を思い出したと問いかければ、彼から習ったのだといいます。曲の雰囲気もちょっと似ていたりして。あるいは、落語の会で毎年新作を書いてもらうという作家が劇団Turboの座付きだというのも、まったく個人的なことだけれどなにか近い感じを受けるのです。

気負わずに気楽に、しかしこの小さな空間で圧倒的なギター、音楽の力を感じるコンパクトなライブなのです。信州近辺での小規模なライブが多いので、また機会を見つけて聴きたいと思うのです。

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速報→「奇跡の剣」RPM-P

2011.11.13 16:00 [CoRich]

2去年の演劇祭の企画で招かれた後藤ひろひと(当日パンフの出演者たちがみんなヒゲを描いてるのが楽しい)が、その後松本でワークショップ「ロイヤルプラントin松本」を開催。そのメンバー達による公演。60分。上土ふれあいホール

一人の作家が締め切りをすぎても全く書けず、苦し紛れにひねりだしたのが、同じように台本が書けないまま公演を間近にした劇団の座付き作家の話だった。公演を間近にして全体を書き直して作り直そうとすらしている。劇団の人々はそれでもがんばって稽古を続けるが、ある日、劇団員の一人が、全身が茄子のかぶりモノのような女を目にするが、ほかのメンバーには見えない。しかし、徐々に見えるメンバーは増えていく。見えるようになると、かつての公演でヒロインをやったすっかり忘れられた女のことと、その公演で起きた事実を思い出す。

作家が書いたでたらめかもしれないし、過去の真実かも知れない話、というフォーマットは後藤ひろひとの遊気舎時代の名作「人間風車」 (1, 2, 3) に近いフォーマットなのです。謎めいたキャラクタたちが謎めいた物語を進めながら徐々にその背景が見えてきます。正直にいえば、ヒロインを演じた女と、それ以外の劇団の人々の立場がくるりとひっくり返った瞬間に瞬発力が欲しい気もしますし、物語に対して役者が多い感じがあって、きちんと語られない役もいくつかあるのも惜しい感じ。

それでも、こういうフォーマットの芝居を地方で観られることの嬉しさ、後藤ひろひとの小劇場での芝居というのもなかなか叶わぬ夢ですから、ワークショップから立ち上げた劇団が公演を打てる環境というのはとても大切なことだと思うのです。

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2011.11.15

速報→「僕のワタを総て君にやる」信州大学劇団山脈

2011.11.13 14:00 [CoRich]

信州大学の劇団も例年どおりの参加。60分。四柱(よはしら)神社。

働かずギャンブルにうつつを抜かし、酒場の女に入れあげるヒモ同然の男と暮らしている女。男からのたったひとつのプレゼントはUFOキャッチャーでとったヌイグルミ。男のあまりの酷さに奮起したヌイグルミは女が大事に使っている目覚まし時計や黒電話と示し合わせて男を懲らしめようと考える。

まあ、どういっても大学生の若さです。ダメ男もそれに引っかかる女も、酒場の女にしても、そういう意味でのリアリティはありませんし、昭和の香りがぷんぷんだけれど、たぶん平成な彼らです。ヌイグルミなど「モノに心が宿る」というファンタジーを軸にして、がっつり笑いをとり、きちんと物語を紡ぐのです。

ダメ男加減が、ギャンブルに酒場の女に頼り切りで仕事しない、というのはあまりにステロタイプな香りだけれど、まあ、そこは大きな問題ではないのです。 女は果たして、男と決別するのだけれど、それと引き替えに「天に召された」ヌイグルミでどう結末にするのかと思いきや、隣に引っ越してきた若い男(が、そのヌイグルミにそっくり)を一目見て抱きしめて、というもう一段の奇跡というかファンタジー。

サポートメンバーに名を連ねる、おちやいたかしは四柱神社での公演の両方に出演するのだけれど、アクが強い怪優で、どちらの公演でも印象に残ります。

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速報→「a Happy Box」れんげでごはん

2011.11.12 21:00 [CoRich]

ピカデリーホールというとても大きな劇場だけれど、結構ちゃんと観客で埋まるというのはきちんと観客にリーチする力があるのだろうというアタシ的注目株の劇団。60分。

突然ある部屋に閉じ込められた男、「二階だけ生活」と名付けられた箱状の建物。隣の部屋にはここに10年暮らしているという男がいる。感情の起伏に応じて体温が急激に上昇下降してしまい、触れた人をやけどさせてしまうという原因不明の難病の治療のため、隔離するための施設なのだという。ここに居続けた男はすでにあきらめているが、まだ入ったばかりの男はあきらめることができない。

感情の起伏、男二人のバディムービーというか、動かないロードムービーというか、以外にありそうでなさそうな仕立てのフォーマット。 二階建ての部屋にするというのは、そこから逃げられないようにするという説明はされるものの、じっさいのところ物語の上で積極的な意味があるような感じではありません。が、たっぱのあるピカデリーホールをどうやって埋めるのか、という点では意味があって、少ない人数の役者なのにそれほどのすかすかにならないというのはこの舞台の効果も多いように思います。

徐々に芽生える友情、あきらめていた男にも生きる希望が芽生えていくという過程は、登場人物がきっちりと変化していくという意味で見応えのある奥行きを生んでいます。

お目付役兼世話係だったり、給食の担当といった人々の行動は確かにとっぴ。だけれど、たとえば渡辺千晴演じるこの無茶な設定を短い時間の中でスムーズに描き出すためにはプラスに働いています。吹き矢なんていう小ネタを使うのも後からその訓練をするシーンがあったりして結構楽しい。 小澤鮎美演じる給食の担当は、結局のところ作ったものに対する食べてくれるかどうかという反応だけを生き甲斐にしているのだけれど、それはある種真実なのだろうとも思います。(給食の)作り手が反応を気にして直接患者たちに聞いてしまうことの突飛さがおもしろさというか。ちょっとでも褒められると嬉しくて素直に過剰なほど喜んでしまうというのも、どこかかわいらしい。

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速報→「君の声」劇団BAT9

2011.11.12 19:00 [CoRich]

まつもと演劇連合会主催の初心者ワークショップの卒業生による上演。「ラジオの時間」のようなどたばたも楽しい元気の出る芝居。55分。ピカデリーホール。

松本の地元FM局スイートFMはラジオを愛してやまない社長以下女性も多い。朝の地震ですこし混乱はしたものの、番組は通常通り。毎週金曜夕方の番組。普段より盛りだくさんのゲスト、松本を舞台にした映画の主演女優や子役、職場体験の中学生、女子高生シンガーソングライター。さらに放送日の七夕にちなんだ記念日に関するリスナーからのファックスなども多くて。

ラジオ局を舞台にした物語といえば、三谷幸喜の「ラジオの時間」と渡辺源四郎商店「俺の屍を越えていけ」( 1, 2, 3)という直結回路のアタシです。どちらかというと前者に近い仕上がり。もちろん芸達者盛りだくさんのあれほどには行きませんが、ローカルFMらしい、地元ネタを織り込んだり、この半年ぐらいの松本のあれこれを盛り込むのも楽しい。

芝居塾の卒業生公演という性格上、あまりひねった感じにするよりは、素直に楽しめるストレートな感じの仕上がりを目指しているような印象があります。若い役者が多いのもあって、高校演劇にありそうという印象が聞こえたりするけれど、アタシも確かにそう思いますが、これは第一歩なんだから悪いことじゃないんじゃないかなとも思います。

子役がマネージャに連れ出されてから、たとえば穴埋めをどうするか、みつからないCDをどうするかなんていうあたりのドタバタはコメディなおもしろさがちゃんと。もちろん時間も短いわけですから、それを畳みかけていくという感じにならないのは惜しいところ。

女性ばかりのキャストにあって、大人の男性はただ一人、ディレクターという立場で常にぶれずにニュートラルであり続けることが求められるところで、おもしろさには行かないのだけれど、その役割をきっちりとしていて、あたしは好き。

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速報→「お国と五平」Godsound†Studioend

2011.11.12 16:30 [CoRich]

映画や歌舞伎になっている原作をもとに人形劇と人間の芝居のコラボレーションに仕上げた60分。13日まで上土ふれあいホール。

人形と人間のコラボというスタイルが独特、ぐっと芸術寄りの堅苦しいものかとおもいきや、結構笑いも起こったり人形もどこか下世話だったりと気楽な感じの仕上がりです。

きれいな人妻に惚れたというのは同じなのに、その夫を殺してしまった臆病者な男は悪人と呼ばれ、その敵討ちのため女とともに旅をしてただならぬ仲になってしまった男は忠義に溢れているといわれること。これを理不尽だという倒錯した発想のおもしろさは原作によるものでしょう。

板状のものに顔などを付け、車輪をつけたもの。ペルソナよりはもうちょっとおおぶりで、それを体にも表現できるというのがおもしろいところ。足だけ、腕だけを俳優が演じる瞬間の色っぽさ、顔だけ表情をつくるおもしろさ、さまざまに応用がきくような感じがおもしろいのです。

なにより、ミニマルに三人の女優とその「人形」だけでこの濃密な空間。笑いを取り混ぜたりもするけれど、こういう古典のような昔の邦画から題材をとって、ものがたりをきっちりと作り出すおもしろさがしっかりと。

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2011.11.14

速報→「ギャラクシー丁稚奉公」学生演劇BLUES

2011.11.12 15:00 [CoRich]

学生演劇、とは名乗りながらいい歳らしい彼ら、わりと短いスパンで公演を打っていて目にすることの多い劇団。神社の中の広間のような場所で繰り広げる60分。13日まで四柱(よはしら)神社(wikipedia)

サカモト、カツラ、サイゴウの三人が知り合ったところ、遠くにひかり輝くものが。目が覚めた彼らは宇宙人と名乗る男に宇宙船へ拉致されたことを知る。その宇宙人は自分の悩みを解決しようとして、その元凶となったこの三人の「薩長同盟」を阻止しようとしたのだというが。

幕末の名士三人とおもわせておいてあっさりとうっちゃるところを発端に 深刻な背景を内包しながら、全体の仕上げはゆるゆるのコント仕立て。笑いも積極的に取りにいって気楽に楽しめる感じに仕上げています。半笑いで自らを松本のアイドルといいながら、ゆるい笑いベースにした公演を短いスパンで打っていくというのはこの街の演劇事情としては確かに異質で、これはこれで一つの戦略です。個人的には正直、ユルいっていってももうちょっと精度というか笑わせるにしてももっとかっちり見せてほしいところだけれど、こういうお祭りの企画としては(ほろ酔いで観てる自分も含めて)いいなぁと思うのです。

キャスト表にない出演者、おちやいたかしは一度観ると印象的な怪優で破壊力が印象的だけれど、それよりは若いこの劇団のメンバーたちもどうしてなかなか。宇宙人を演じた大津健太がいわゆる突っ込み側でもあり印象に残ります。

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速報→「月の雫に濡れながらゆっくりと眠る方法」幻想劇場◎経帷子

2011.11.12 13:30 [CoRich]

「演劇実験室」から「幻想劇場」に劇団名を改名して新たなエンタテインメントを目指す劇団。2005年上演作の再構築版。45分。13日まで松本・本町ホール(時計博物館4F)

病院のベッドで眠り続ける男、妻や友人たちが見守るが一ヶ月もの間目を覚まさない。男は、縄手通りで女を待ち続けている。

白塗りだけれど掛け合いも楽しい客入れから。芝居が始まると一変。眠り続ける青年、今は10階建てのマンションになっている場所に映画館焼き芋屋があったこの町の20年前を織り込みながらの物語。当日パンフによれば2005年夏に縄手通り路上で上演されたとのことで、なるほど、縄手通りという場所を背景にしたものがたり。

幻想というよりは過労やいわゆるブラック会社で働く男の現代の内面の想い悩みを敷きながら、厳しい現実から逃げ出したい気持ちの向かう先としての幻の女。だから閉じこもってしまったのか、あるいはだから(目が覚めないながらも)生き続けていられるのかという不思議な感覚。

必ずしも芝居の経験がそろっているわけではない役者たちをうまく配置。ぼんやりした幻想の世界だけで押さず、少々無茶なコミカル、たとえば、わさびいなり寿司をむりやり頬張らせたり、ベータマックスやら昔懐かしいドーナツ盤など、笑いをちりばめていて、重くなりそうな物語を運びをあくまでもエンタテインメントに軽やかに作り出します。

それでも、物語の芯にあるのは、繊細な男の、精一杯の心の叫び。過去に拘泥する閉塞した気持ちと光明と希望を感じる終幕は王道です。当日パンフによれば寺山演劇を独自の解釈で上演、となっていて、云われてみれば白塗りだったりもするし、こういう繊細さは確かに寺山っぽいなと思います。それをあくまでも軽やかに、地元の物語として1時間弱としたのは演劇祭にはとてもマッチしていると思うのです。

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2011.11.12

速報→「空中キャバレー」まつもと市民芸術館

2011.11.11 19:00 [CoRich]

串田和美が芸術監督の「まつもと市民芸術館」の中に初めて入りました(搬入口から)。ビールや食べ物片手に(なので、可能ならクルマではない方法をお勧め)歩き回る空間は祝祭感にみちていて、なるほど自由劇場にかつてあった空間に近いけれど、サーカスの体裁がそれを更に加速していてこれで一般¥4,000、高校生以下¥2,000、小学生以下¥1,000なら圧巻で楽しい150分、13日まで。残り二日は前売り完売、当日券はあるようです。11日から13日まではこことは別に「まつもと演劇祭」が近隣4つの劇場などで行われています。

ブランコ乗りに恋をした軍服の男のはなし、サクソホン吹きで「思い出」を売る男の話のふたつが長めの休憩を挟んで前半と後半で語られる芝居らしい出し物。開場(から開演までの)時間や休憩時間もマルシェ(市場)に見立てた(実は搬入口から舞台袖のエリア)場所で数々の出し物。それに加えてすごいのが、迫力ある空中ブランコは圧巻で、ただ見とれてしまう。綱渡りや自転車の曲芸、ジャグリング(ディアボロがすごい)ピエロっぽい男がコミカルに緩めたりと、盛りだくさん。にしても、曲芸のレベルの高さが実に楽しい。もちろんよい子は真似をしちゃいけないレベル。自転車に二人が乗って代わる代わるな感じで入れ替わっていく曲芸が結構好きです。

あるいは狭く取り囲むような大道芸の雰囲気、生演奏、移動する舞台で観客がわさわさ動くのも楽しい(もちろん座席もあるけど、体力が許すならぜひ立ち見を)

自由劇場のような劇場に溢れる祝祭の場の感じ、席に座るよりは立って歩いて、なんだったら床に座り込んでゆるゆると楽しく見るというのが楽しいのです。基本的にはサーカスの体裁ですし、曲芸のレベルの高さがありますから、子供から大人までちゃんと楽しめるものを作るという姿勢には共感します。この劇場にとって観客が呼べるフォーマットとなれば、直接問いかける観客にとっても、あるいは俳優やスタッフに対しても魅力的な場所になると思うのです。アタシの見た11日(2011.11.11だ。ポッキーの日だったりする)だってきっちり観客が埋まりましたから。松本での芝居は平日夜の方が嬉しいアタシにとってはこの成功がもっと次につながってほしいなぁと思うのです。このキャストですから、週末なら県外からの観客だってちゃんと呼べているのも期待です。

圧巻の歌声の田中利花、地元出身(というより劇場のすぐ横が実家だったという喋りが楽しい)だという秋本奈緒美。片岡正二郎のコミカルさぴったりだったなぁと思えばこの方も自由劇場出身だとか。なるほど。なにより、芸術監督・串田和美自身が楽しそうに歩き回り気さくに観客に声をかけていくというのはいいなと思うのです。定期的なイベントになってほしいなとも。

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2011.11.07

速報→「往転―オウテン」世田谷パブリックシアター

2011.11.6 16:00 [CoRich]

若手の作家・演出家を迎えて幅広い世代に受け入れられる作品創造を目指すという世田谷パブリックシアター制作の新作。130分、20日までシアタートラム。4つの同時進行の物語といいながらも、それをきちんと一つにまとめ上げる奥行きの仕上がり。

高速夜行バスに乗り合わせた人々を軸に4つのものがたり。
長患いの末亡くなった母親の葬儀のあとに全国に散らばる兄弟たちに出会う旅に出た女とその不倫相手の男の旅「アンチェイン・マイ・ハート」
桃農家の男が婚約者を連れて帰ろうとしたが叶わず、女だけがその男の双子の兄弟の弟のもとへやってくる「桃」
両親にわかってもらえず発作的に二階から飛び降りた若い女の入院先、隣のベッドには眠り続ける男がいて「いきたい」
夜行バスに乗ろうとしていた男に声をかけたのは、中年の女性。子供の頃に住んでいた家の近くのおばちゃん、だというのだが「横転」
夜行バスに乗り合わせた人々。まあ、アタシにとっては(夜行じゃないにせよ)けっこう身近な話題。その事故を一点の要としながら、それぞれの物語がその前後、時間軸にそって物語が扇のように広がっていくような感覚。かっこわるい中年の恋心、逃避行。冷徹な男の気持ちの変化。心の傷を負った女と年上の女の友達感覚の会話。婚約者の弟のところに転がり込んだ女のたたずまい。桑原裕子が最近とみに力をつけてきた「さまざまな立場の女性たちを描き出す」ということが、力のある役者を得てさらに奥行きを持ったような印象があります。

兄弟たちに会う旅の準備をしているところに数年ぶりに訪れた不倫相手の男の距離感、互いの状況が変わっていたりして、相手に踏み込むべきか戸惑う感じが実にいいのです。あるいはおばちゃんと男の会話。ずけずけとした感じ、それを断れない感じ、男の今の立場ゆえの冷たさが変わっていく感じとか。 あるいは桃農家の庭先で喧嘩する二人の会話。

正直に言うと、全体からみると物語のつじつまのため、という役が無い訳ではありません。それでも、作家はそこにきちんと物語を与えることで、さまざまな生き方人々という厚みを増しているのです。序盤でバスの模型とビデオカメラを使った少しばかり凝った感じの演出は、大雨のバスの中ということを素早く描くのには成功しているものの、物語全体からすると、ことさらにそれに凝らなくてもいいような気もします。

高田聖子、大石継太の中年カップル、近づき離れという距離感の絶妙さ。市川実和子の「転がり込んだ女」のぶっきらぼうな感じからの少しばかりのツンデレ感にきゅんときます。穂のかの心に傷を負った女は若さゆえの壁の思い悩みをしっかり。その年上の友人を演じた柿丸美智恵が実にいい年齢なりの味わいがすてき。峯村リエが演じる「人のいいおばちゃん」感がもの凄くて、仗桐安が演ずる少し人見知り感のある男との掛け合いのバランスが実にいいのです。

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速報→「いつも誰かのせいにする」箱庭円舞曲

2011.11.5 19:30 [CoRich]

CoRich舞台芸術「2011春の舞台芸術まつり」のグランプリに輝く箱庭円舞曲の新作はがっつり2週末、120分。12日まで駅前劇場。

新進の映画制作会社。作品が当たらず多額の借金を抱え込んだ若いプロデューサーに、上司は再挑戦、つまりもう一本映画を製作するように申し渡す。借金を作品で返そうというのだ。とはいえ、予算は限られるため、予算を切り詰めて製作する新作は、ベタベタの恋愛映画に成り下がってしまっていたが、それを売り出すための方策を考えていて。

舞台はタッパのない駅前劇場にも関わらず階段ももう一部屋もきっちりつくり、角度をつけることでミザンス(って見やすさ?)が圧倒的に。正面がおすすめだけれど、下手側は下手側で終幕前の片桐はづきの表情が圧巻で観られるという特典が嬉しい。

仕事ってのは結局のところ、お金を回すこと、誰かからお金を貰って何かを提供するということだということがきっちりわかっているという点で作家(古川貴義)は圧倒的に信用できるのです。あたしにはわからないクリエイターや職人の現場の感覚も、そういうことがあるんじゃないかな、と思えるぐらいにはリアリティ。あるいはもうこれ以上は昇れないという実感、腐れ縁的なつながりで仕事をまわそうとする感覚など。

正直に云うと、いろんなことを詰め込みすぎているという感じはあります。映画のお金のながれ、仕事の流れ、あるいは恋人、そろそろ気づくべき自分の器、あるいはヤクザ、あるいは(覚悟のない)デモなどさまざまな軸があって、そのどれが幹かが見えづらいので、物語を追いかけるのには少々苦労します。もちろん、ひとつひとつの会話の説得力はしっかりと。

あたしの友人はこれは革命の話で、それを描く作家はロマンチストなのだといいます。あたしの視点は少しばかり違っていて、デモはしているけれど、ホントに革命をする人は居ない今の日本という前提の物語だと思うのです。革命という言葉があったりはしますが、その覚悟のない人々のこの国、という。

助監督のセカンドとバイトの二人、それまでの世代とは違う価値観、熱中できることがないわけではないけれど、それを自分のポジションをあげていくということに興味がない、という今時の若者感がしっかりと書き込まれています。

あるいは、CoRich界隈で劇団が手を焼いている、いわゆるチケプレ族をちくりと刺す感覚(それをあえてスポンサー公演で取り上げるという感覚)の正しさ。映画の試写会族、というのと類型化して、只なら観たいという「観たい」には価値があるのか、外れたら「観たい」を引っ込める、という了見は何様なのだ、ということの矜持がカッコいいのです。F/Tのように、芸術は観てもらえばいい、という考え方もあるけれど、お金貰う以上はそれはエンタテインメントで、それにただ乗りするフリーライダーに対しての毅然とした態度。

プロデューサを演じた片桐はづき、それでもきっちり前に進む役柄をしっかりと。序盤で少々不安になるキャラクタの造形の須貝英は後半にかけてがつんと。キャスティング会社のザンヨウコはこの物語の中でほっこりと息を抜ける感じ。バイトの女を演じた、軽い感じと鋭さが同居するダイナミックレンジの広さ。小林タクシー演じる初めての監督、若い役者なのに40歳は気の毒だけれど、そのペーソス感がしみじみするのです。この会社の事実上の社長を演じた井上裕朗の背負う立場、原田優理子の登場シーンのあまりのかっこよさに惚れ惚れ。あたしの席からは逆光のシルエットが実に美しかったのです。

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速報→「いと愛し」競泳水着

2011.11.5 14:30 [CoRich]

競泳水着の三人の女優だけの70分。6日まで雑遊。

家の一室らしい場所。亡くなったばかりの男は作曲家だった。そのマネージャをしていた女が片づけをしていると、長いこと会っていなかった娘がやってくる。男は家を出ていて、男の妻と娘は二人で暮らしていて、長いこと会っていない。そこにもう一人の女がやってくる。彼女に書いた楽譜があるはずなのだという。

たった三人、70分。関係や想いが徐々に現れてくるという鮮やかな描き方。実はXXでした、みたいに新しい事実を徐々に明らかにするのだけれど、それをオチにしないで軽やかに3人の関係を描くということにだけ注力した感じ。物語そのものというよりは、その台詞の妙を楽しむ印象。どちらかといえば全体の基調は静かですが、その雰囲気に緩急をつけるように、笑いを生むのはたいしたものだなぁと思うのです。この描き方、関係の提示などの凝った作りに比べると物語はごくシンプルなのです。

大川翔子のつっこみ、川村紗也・細野今日子がぼけるという構図はさすがの安定感。 関係ないような台詞や会話をいくつも混ぜながらも、それがぐっと合わさっていって人物を醸すという感じ。駅からの道順をめぐっての口論やその勘違いな感じとか、取説をめぐる会話とか。会話の内容が物語を動かすという感じではないのだけれど、欠かせない対話になっているのです。

晩年は会うこともなく、ピアノで父親を喜ばせることのできなかった娘、父親の愛情を受け止められるだけの才能を持っている女、最後まで傍にいた女性、全体の流れとしてはこの三人が心から交わることはなくて、その対立や疑心暗鬼、嫉妬がさまざまな距離に変化しながら渦巻く感じ。たった三人のごく短い時間の会話なのだけれど、関係が徐々に提示されていく流れはスリリングで見入ってしまいます。

流れとは関係なく唐突に変わる話題も作家らしい感じ。駅からの道順を巡っての口論、大きな勘違いを信じ続けてしまうという発端なのだけれど、この一見無駄に見えるような会話が実に楽しいのです。

大川翔子は物語の軸となり観客からの視座となる安定感をしっかり。細野今日子は今作の中ではもっとも色香を振りまいて目が離せない感じだけれど、客席の場所でもずいぶん印象がかわってしまいそう。川村紗也はいわゆるドジっ娘キャラと見せて、才能ゆえに「先生」からの寵愛を受けたという感じをしっかりと。

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2011.11.04

速報→「ヨコハマアパートメント」studio salt (二回目)

2011.10.30 18:00 [CoRich]

二回目(1)。舞台後方の少し高い場所からの観劇。 物語がわかっていることもあって、前回見たときのような自分のまわりで起こっていること、という感じは薄れて、自分が上から俯瞰して観ている感じの視点に。が、これは善し悪しで、ちょっと他人事の出来事を眺めているという感じになってしまいます。

が、会話「しているように」見せていたシーンをどう作り出したのかというあたりがわかる、いわゆる舞台の演出のテクニックのようなものが随所に織り込まれています。

自ら「消え物」劇団というだけあって、テーマとは関係なく食べ物が毎回出現します。今回は夜公演に関しては千秋楽に至っても観客の全員にたいして打ち上げを呼びかけたりというのはちょっといいのです。周りには飲食店もないし、劇中ではカレーを実際に作ったりしてその匂いに胃袋が刺激されまくりなので、劇中で作られたカレーを食べられるのもちょっと嬉しい。彼らにとっては劇場外での初めてのいわばカフェ公演のようなもので、継続して公演できたことのメリットもあるよう。観客である私たちにとっても、こういう場所を知ることができるという意味でも、あるいは長期間にわたることで目にできる機会が増えることもメリットだと思うのです。たとえば風琴工房がそうであるように、劇場の公演も劇場外での公演もバランスよく続けてほしいなぁと思うのです。

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2011.11.03

速報→「ユーリンタウン-URINETOWN The Musical-」流山児★事務所

2011.10.30 13:00 [CoRich]

2009年、座・高円寺での初演、2002年にも日生劇場で宮本亜門版が上演されたようですが、そのオフ・ブロードウェイのミュージカル、再演。ちゃんとミュージカルのフォーマットだけれど、切ないというよりは絶望に近い幕切れの現実の苦さが深い160分(休憩10分込み)。30日まで座・高円寺1。

干ばつが日常になった街、節水のために有料トイレを全員に義務づける法律が施行されている。その法律を破れば「ユーリンタウン」に送られて戻ってこられない。トイレを管理しているのはUCCという企業だが、大昔の干ばつからその処理技術によって、昔ほどの水の切迫感はなくなっている。 それでも日々の営みに金がかかることに対して、貧民層を中心に不満は高まっている。その料金を倍額にするという法律が施行された日、やんごとなき「9番」の公衆便所から、反乱の狼煙が上がる。

よくわからずに観ることに決めたのだけれど、別所哲也に三ツ矢雄二など、いわゆる有名人もキャストに。個人的には清水宏は客入れから高いテンションが実に楽しいのです。

基本的には搾取する側と搾取される側の二項対立、その革命は果たして成功したけれど、それがここの人々に幸せな結末を生んだかという意味では悲しい幕切れ。どうしても革命戦士側を賛美するものがたりになりがちなフォーマットだけれど、技術そのものの持つ力と、搾取している側に見えても、その技術を正しく使おうとしているという人間の真摯さをきちんと描くという一段深い奥行きを感じるのです。

でも、現在のアタシたちの現実にそれは重ね合わせていいものかどうか、そういう意味では不本意ながらもう一段の深み。現在の原発と電力会社という構図の中でも同じように正しかったと、信じたいのですが、アタシは。

直前に潜り込んだアタシが座ったのはサイド側の、正直に云えばあまりいい席ではないのだけれど、主役からダンサーまであらゆるキャストが時々気を遣って小芝居してくれたり、ちょっと違う表情を垣間見せてくれるのが、なんか嬉しい感じ。こういうファミリアな感じはとてもいいのです。

「ありがちなミュージカルのフォーマット」とぼやき漫才のように時折挟まれる突っ込みが楽しい。まあ、これもオフブロードウェイという感じなのでしょう。日本語訳は少々癖があったりして、それが原文に照らして雰囲気を伝えているものなのか、あるいは日本語訳が少々暴走した結果なのかはわかりません。

狂言回したる別所哲也、清水宏が軽快に楽しい。ヒロインを演じた関谷春子、管理人を演じた伊藤弘子がいっぱいの魅力で印象的。ダンサーたちにも何人か目にとまる役者が居るけれど、誰が誰か今ひとつわからないのが残念。

■おまけ。 千秋楽のみ、カーテンコールの撮影自由ということで。

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2011.11.01

速報→「4×15」北京蝶々

2011.10.29 19:30 {CoRich]

北京蝶々の役者四人、15分ずつの一人芝居という企画公演は、たった4ステージ。30日まで新宿眼科画廊地下スペース。60分。

実は一人もつきあったことがないんです。モテなくて、ずっとそのまま。もう妖精になっちゃいそうなんだけど、舞台の上でならば、違う人生もあるかと「エアデート 完全版」(田渕彰展)
男と女が二人っきりで風呂場にいれば、恋になっちゃうこともあるとは思うのだけど「恋愛で飯を食う人」(岡安慶子)
山に住んでいる人々、その末裔が文明に戦いを挑むために「狼少女、都会に降り立つ」(帯金ゆかり)
秘密なんですけどね、地球は何回もやばくて、でもずっと守ってきたけれど、今回は本当にやばくて「たった一人の地球防衛軍」(森田祐吏)

当日パンフによれば、演劇の中心地である東京で暮らしているけれど、東京という街を支えていたのは地方だったと気づいた半年間。ならば、最小限の芝居を作って地方に持っていく、という新しい方向を作ろうというのです。その計画の第一歩。社会にかかわり合おう、自分ができること、という点でその心意気やよし。もっとも、物語はずっと気楽な感じです。

当日パンフによれば、演劇の中心地である東京で暮らしているけれど、東京という街を支えていたのは地方だったと気づいた半年間。ならば、最小限の芝居を作って地方に持っていく、という新しい方向を作ろうといいます。その計画の第一歩。社会にかかわり合おう、自分ができること、という点でその心意気やよし。もっとも、物語はずっと気楽な感じです。

「エアデート〜」は作家(大塩哲史)の(自身がどうかは知らないけれど)童貞男子の気持ちを書かせたら存分なちから。見えない彼女とデートしているのが現実の雑踏だったりすれば、それはそれで(一人でにやにやしている)落語によくある感じにもなるけれど、そこに踏み込まず、オチの着地点を探している感じがすこし惜しい。

「恋愛〜」はこっちも気持ちのピュアは同じ路線。しかし、女性にはもっと娼婦な感じを期待してしまうというのも、悲しい性。ソープランドの法的位置づけ(いわゆる自由恋愛の結果、という)を物語に取り込んでしまうというのが、作家らしい感じ。 それを実直に実践する女というのはファンタジーだけれど、その背景にもうひと味、都合のいい女を足して奥行きを持たせながらも、表面的にはあっけらかんとしてるイマドキっぽさは、役者の(見た目の)キャラクタにはよくあっています。この奥行きゆえに、今作4本の中ではアタシはもっとも好きで、太股までのガウン姿でオヤジ心をくすぐられるからばかりでは、ないのです。(←誰に訴えてるか不明ですが、これ)

「狼少女〜」は台詞や声に力のある帯金ゆかりをあえて言葉を封じてという趣向。結果として少々過剰に表情が強調されて、あるいは体を存分に動かすというのも、あまり彼女の芝居にはない感じなので、新しい面をみるよう。しかし、爆笑編にもならない微妙な感じはあって、もうひと味ほしいところ。爆笑編でも感動巨編でも自在に作り出せそうなニュートラルなホンゆえに難しいところという気も。もののけ姫風の装束、額につけた「ボタン」がちょっとかわいらしい。

「〜地球防衛軍」は荒唐無稽に見えて、頭おかしい人という着地。観客を相手に対話の形を取ろうとするけれど、物語が進めば進むほど、理性的なキチガイなのだということが感じられて、ついつい距離をとりたくなる感じ。その隙間隙間で正論を吐いたりするから目が離せないのだけど、今度こそ本当に地球が滅ぶのかもしれない、という何かがあると物語の奥行きが違って感じられるかもしれないけれど、それはそれでありきたりな気もするしなぁ。

順位をつけたりするのが目的じゃないけれど、アタシとしては岡安慶子版が描く人物に一番奥行き。眼福なことを差し引いたとしても、もっとも見応えを感じました。

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速報→「バナ学バトル★☆熱血スポ魂秋の大運動会!!!!!」バナナ学園純情乙女組

2011.10.29 14:00 [CoRich]

物語の薄いレビュー中心の「おはぎライブ」で突っ走る75分。京都のあと、11月1日までシアターグリーンBig Tree Theater。

赤組・白組に分かれてのパフォーマンス合戦、最後に観客投票はあるとはいえ、じっさいのところ合戦というほどではなく初音ミクなどを代表とするヲタ芸のライブ構成。物語とか美しいパフォーマンスというよりは、40人を越える若者たちの突っ走り感。少しばかりの痛さとか半裸芸のようなものを織り交ぜながらも、行き場のない暴発に近いパフォーマンスの吐露のパワーをより深化させたという感じ。

雨合羽こそ配られるけれど、ビニルで養生された客席や客席床で想像されるとおり、わりと容赦なく水やら役者やらが飛んでくるという感じで、そういう意味では安泰、無事な客席ではありません。「会いにいけるアイドル」を通り越して、一体感すら感じさせるこの空間に「ノレるかどうか」がポイントになりそうです。

かつてあった(中屋敷台本による)物語はすっかりと陰を潜め、すっかりと大人数ヲタ芸パフォーマンス主体になってしまったのは少し残念な気がします。物語を背負えるたしかな役者をこれだけそろえられるのに、と思ってしまうのです。

現在の姿はどなたかが指摘していた「秋葉原っぽいサブカルチャーがパフォーマンスに浸食してきた」という指摘があたっている気がします。秋葉原文化はどちらかというともっと静かさだったりする印象のものを、強烈なパフォーマンスとして仕立てるという戦略はいまのところはあたっているようです。たしかに初めて観れば強烈な印象で、まるでテーマパークのような「体験」を存分に楽しめるのです。なるほど、チラシにある推薦文の「あなたの手を握りたがっている」ということの体感。

主宰・二階堂瞳子が、一見カオスにみえるこの空間をしっかりと支配し、作り上げているということの精度はどんどんあがっています。カオスを描いているけれど、きちんと「作られている」という安心感があります。反面、かつてあった物語を描かなくなっているということはアタシには少々寂しい。早晩飽きてしまうのではないか、という危惧があります。今回に関して云うと、劇場の音響の弱さを指摘する友人も居ます。いっそ、野外でやると..維新派になってしまいそうですが。

前園あかり、野田裕貴のパフォーマンス、だてあずみの少々捨て身な感じのウエディングドレス姿がちょっと好き。でも、あのスリップ姿の彼女は、赤いリボンが印象的だった彼女は、客席に乱入してアタシの膝に座った彼女はなんてことが気になるけれど、当日パンフの写真をもってしても、ちょっと心許ないところ。

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