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2008.03.29

噴火で埋まった鳥居とか。

噴火で埋まった鳥居とか。 桜島観光のお約束。 【GPS情報】 http://walk.eznavi.jp/map/?datum=0&unit=0&lat=%2b31.41.08.95&lon=%2b130.47.07.98&fm=2

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速報→「静かなる演劇」hula-hooper

2008.3.28 19:30

フラフーパーの新作は、4F/5Fで同時進行する芝居を観客が自由に動く構成。ホントなら2回観たいのは山々なのですが。日曜日昼まで、ルデコ。90分。にうさとみ降板、ザンヨウコが代わりに。[CoRich]

森に迷い込んだ少女が探す落とし物は。(5F)
仕事場のバックヤードでそれぞれの事情や想いありつつ、表には見せないようにしなきゃ、でも悔しかったり(4F)

暗転中は観客は動かないように指示があります(危ないから)。 受付は4Fの中。チケット手に入れたら手首に巻き、思い切ってホチキスして貰いましょう。リピーターなアタシの友人はゼムクリップを持参していました。正しい。ベルが鳴り、定時に始まります。芝居が始まったら、10分ほどそのままみて、あとは自由に思い立ったら。奥に座ってしまっても、役者の近くを通り過ぎても、役者の方がよけてくれます。オヤジは座布団席で近い女優に脳を溶かすのも正しいというのは、鱈の のような楽しさ。

いわゆるミュージカル芝居をヘナヘナ風味つけつつの5Fを最初にしたアタシ。枠組みを把握するために飽きても10分ぐらいはみたいところ。観客同士が牽制しあいますが勇気を振り絞ってもう一つに行って正解。気持ちとしては5Fを2、4Fを1の割合で。

その バックヤードの4Fは派手さに欠けますが、裏が表に与える影響の意味。

基本的には、役者がたくさん居る方に行けば楽しいんじゃないかとは思います。一カ所だけ役者二人だけにしてください、上の階へ、という誘導と、次に下にというポイント。そこに物語の結節点がある気がするのです。一回だけなら、素直に指示に従うのが吉。

好きなのに、それがどんなになってしまっても探し求める想い。どちらのフロアもまっすぐな思いをもつ役者と、オンナノコから女性に変わる直前な感じの恋心。見え方はダイブ異なります。 少女の想い、少年との溝。その悲しさ。その少年が下のフロアで泣き、その眼差しを上のフロアの奥間近で観たアタシは偶然とはいえ、ラッキーなのです。 芝居はツクリモノ、でも嘘にしたくない。4Fですらも、それは芝居の中。

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2008.03.27

さて、春ですね。

先週末に下北沢の昼夜の間に、この辺で桜を観ようと思っていったのですが、ほとんど咲いてませんでした。今日、東京のあちこちで咲いているとも聞きますので、咲いてます、たぶん、今週末。

職場から他に行く人、来る人、もといた職場でもあれこれの出入り。さすがに年度末、あれこれ人が動きます。自分はといえば、やっと一ヶ月、慣れてきてると思うのですが、まだまだパフォーマンスも細やかさも前任者には及びません。

で、週末。都合があって、たった一コマ。

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2008.03.24

速報→「離陸」劇26.25団

2008.3.23 19:00

若い劇団なのだけど細かく書き込まれた、しかし小さな一部屋でおこる話にチカラ。もう一週末の30日までOFF OFF。日曜深夜時点では席が埋まり始めています。95分。

駅前の再開発でその場所を売ると決めたスナックの地下。上には芝居のホンを書く若い作家が住んでいて、町には変な人もいて。料理を教えてくれるひとの出張もきたり、娘が初めて友達を連れてきたり。

王子が見いだした劇団という認識のあたし、下北沢の劇場に進出する駆け上がりの早さにはびっくりしたのだけど、この芝居の地盤として、再開発真っ盛りのこの駅前の劇場で今この瞬間にこの芝居をやるのは全く正しいのです。

前半、料理を教えに来るオカマ(隣の劇場の人が観たら怒るんじゃないかというステロタイプな造型だけど)の胡散臭さ。それは「幸せになる」というあるいは「マクロビオテック」という言葉の釣りっぽさ。実情に照らしてマクロビオテックの意味のなさを暴きながら進み、食料自給が出来ないこの国の姿を見せる前半はパワフルに楽しい。

開幕や間に早口で喋る女という演出のシーンがあります。かつて体験した場面、自分の頭のなかの会話の早廻し感が腑に落ちます。

徐々に暴かれる秘密の後半、下手側にある小さな扉から出てきたり、音がしたり。小学6年、中3のオンナノコたちの階段登り始めた会話、他愛もない会話も。貧乏というのは、たぶん実感がないんじゃないかとは思いますが、違和感はあっても大した問題ではありません。終幕の桜がもうすこし派手にいけるといいのだけど。

オフオフという劇場を感じさせないぐらいきちんと建て込んでいます。広さを確保しながら上手側の柱に全く違和感なく、上手側に階段をしつらえるという発想の良さを感じます。

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速報→「新・こころ」フライングステージ

2008.3.23 14:00

夏目漱石の「こころ」(wikipedia)をゲイコミュニティの一員であるフライングステージが物語の隙間に「つけいって」読み直す一本。130分。26日まで駅前劇場。

夏の日、大学講師の男に声をかけたゼミ生。彼は卒業研究の題材として夏目漱石「こころ」を今なりに読み直してみようとかんがえていると伝える。

「こころ」は読んでないアタシです。劇中でも簡単に語られますが、わりとこまかく語るために一度では頭に入りません。チラシの裏に書かれているのがわりとわかりやすいので未見ならば(そんな人はアタシだけか)そちらを。芝居は中巻を薄めに、上下巻を厚めにして描いています。 同じチラシによれば、遺書の中で一人称で語られているKとの出来事や、そのころの「奥さん」については事実かもしれないけれど、そこには遺書の書き手の意志が含まれているはず、というところから別の解釈を潜り込ませます。明治時代は寛容だった男色は今の同性愛とは違うものなのだけど、それはわかったうえで男色の解釈を潜り込ませる作家の筆致は鮮やかです。確かに、描かれる嫉妬の姿を見ると、これは女性的なもの、という感じがしないでもありません。男も嫉妬深いのはまあ、そうなのだけど。

白で統一された舞台は、開幕直後、美しく大きな青空が現れ、アタシを一瞬で舞台に引き込みます。このセンスが実にいいのです。現代の大学生たちの話と、明治時代の二つの場面というつごう三つの時代を自在に行き来するには、このシンプルな舞台は効果的です。

実際のところ、「こころ」という話をわりとそのまま丁寧に作っているとは思うのです。そこに加えられた別の視点。原作を今から読んだとしても、「そんな人物たち」に見えてしまうのではないかというぐらいに、丁寧に造形された人物は実に自然にアタシの気持ちに入り込みます。

作演をかねる関根信一の圧倒的な安定感はいつもの通り。大学教授や下宿先の未亡人という要の役を丁寧に押さえています。女学生を演じた石関準の「普通の可憐さ」はたいしたもの。「奥さん」の時の髪型の不自然さはちょっと違和感ありますが、大きな問題ではありません。ほかの役者にしても、ゲイであることを公にはしていても、芝居としてことさらそれを強調するではなく、見た目も言葉も普通の男のまま、しかしどこかに「男色」を滑り込ませている確かな力を感じるのです。

かなり暖かだった日曜昼に関していえば、アタシには少々暑くて130分という時間は少々長く感じたのも事実なのですが、しかし、じゃあどこを削れるのかと考えると、そんな無駄がこれっぽっちもないなぁとも思うのです。

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2008.03.23

速報→「罪と、罪なき罪」リリパットアーミーII

2008.3.22 19:00

元々は中島らも座長の劇団ですが、洒落た感じから、ベタな大衆演劇寄りにシフトしているのは、ラックとの差異化ゆえかもしれません。月火は当日券も厚めに出ているようですが、立ち見覚悟で2列目に座れてラッキー的な。

明治、牛鍋屋が流行り、男女が同権だと気づき始めた時代。裁判に関して統一的な制度を作らなければとおもう人々。外国の皇太子に巡査が切りかかる事件が起きる。弁護もないまま大逆罪で死刑になるかと思われたが。

史実を中心に据え、見えていない場所を作家の想像力で補完するという意味ではパラ定的ではあります。なのですが、座長芝居のようにアドリブをてんこ盛り、撮影のために入っているカメラやチケットの売れ行きをネタにしてみたりと、緩い感じに作ります。

大津事件をネタにしながらも、どこまでは史実かはよくわかりません。死刑に黎明期の日本の裁判制度に燃える男たちの活躍ですこしばかり光明が差したという流れではあるのだけど、ちょっと史実とは違う気がしないでもありません。何より、あり得ない天皇の登場があったりして、そもそもそういうものを求めるアタシが間違ってる気がします。それでも人の想いに焦点を当てて一気に見せている感じはあって、現実にあったこと、ということに目をつぶれば、笑わせ楽しませるように作られていて楽しめます。

講釈師を演じた千田訓子のテンポの良さ、ひっぱってくれる感じはゆるゆるになりがちなこの芝居をちゃんとリズムに乗せている立役者。これがリリパ所属としての最後の公演になる生田朗子にもうひと花欲しかった気もします。客演では粟根まことのはじけっぷりが、スズナリのキャパには胸焼けするぐらい楽しい。

開演20分押し。隙間無くつめ、舞台の上でコング桑田がかっちりと誘導しているおかげでちゃんと客席がコントロールされている感じ。そのおかげで入れた当日券のアタシなのですが、なぜこの込み合う日にシアターテレビジョンが撮影するんだよとか思わないでもありません。特に平日が空いていると聞けばなおさらです。

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速報→「1K~山手線の左下から愛を叫ぶ~・道玄坂編」ギリギリエリンギ

2008.3.22 16:00

6人の作家の短編をコンパクトに上演する企画公演のもうひとつ。アタシはこちらの方が圧倒的に好みです。75分。

大学にもいけなくなってしまった男と、説得しようとするサークルの友人たち。説得に来た兄も巻き込んで。「巡恋歌」
ピザの配達員、寿司屋の出前、大家。理不尽なことを強気に言い放つ男を前に怒ったりうろたえたりする人々。「テンパってる奴」
部屋に居てテレビを見ても、友人を呼んであれこれ話しても今一つ心が晴れない。その理由は。「いつまでもここにいる」

宮益坂編でも思うのですが、まるでアルバムのライナーノートよろしく、物語のかなりの部分を当日パンフに書いてしまっています。書いてくれるのは嬉しい気もするのだけど、開演前に読んでしまうと驚きのようなものは減ってしまうようで、ちょっと勿体ない気も。

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速報→「1K~山手線の左下から愛を叫ぶ~・宮益坂編」ギリギリエリンギ

2008.3.22 14:00

ギリンギの新作。6人の作家の書いた短編を7人の役者が演じる企画のうちの3本。70分。23日までルデコ5。

男の一人暮らしの部屋にきた友人、彼女居ないはずなのに女物の下着を見つけてやや険悪に。来た友人も飲み屋で元カノの新しい彼に難癖をつけて。言い争う中判明するある事実。「アミーゴ」
兄が弟の部屋に田舎から外国人の妻から逃げるようにやってくる。弟は弟で明らかに怪しい友人の明らかに怪しい仕事を引き受けようとしていて。「架空の住処」
自殺しようと友人を呼びビデオ撮影をさせようとした男。その友人は警官を連れてきて止めようとするが。「リフジンバス」

3本ずつ1時間強にくくり、2公演の扱いに。コマつぶしの観客泣かせのこのやり方は、見かけ上の動員をのばすのに荷担するようでこちらのテンションを下げるという点であまり好きではないのだけど、今作に関して云えば、まあ、二本みても時間も費用も通常のヒトコマ分ぐらい、タイムテーブルも工夫してあって、組み合わせをによっては見かけ上のコマを稼げるので、悪くもない感じと思ってしまうのはアタシがジャンキーだからですかそうですか。

1Kというタイトルどおり、部屋の中を舞台にした作品群。開演前の注意事項も、部屋を見に来た男と不動産屋のやりとりといった体裁でみやすく、ちょっとしゃれています。

割と大声、ハイテンションという芝居が三本。 正直な話、物語自体は、だからどうした、という感じのものだけに、テンションと見た目のおもしろおかしさで乗り切らないといけないタイプの芝居なのだけど、その点では平板さの方が勝り、乗り切れない感じ。妙な人が出てきて妙なことをするだけではなくて、観客の視座からのギャップこそが笑いの「てこ」になるべきなのですが、そこまではたどり着けていない感じがしてしまうのです。

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2008.03.21

速報→ 「葦ノ籠~アシノカゴ~」黒色綺譚カナリア派

2008.3.20 19:00

若手を育てるための[aoyama first act]。青山円形初進出のカナリア派の新作。120分、23日まで。

幼い息子を水の事故で失い、妻にも去られてしまった男。河原の貧民集落に紛れこむ。少年の男娼を妻に、老婆を息子と思いこんだ男は、通うようになる。少年は別の金持ちにも囲われていて。

円形の舞台、ススキも生い茂り、河原の風景。ある種のアングラ的な風景の中、追い求める幻と家族ゲームという枠組み。円形の舞台を堀のように囲い、水辺を演出し出捌けもちょっと面白い感じにできている半面、どうにもアクティングエリアが遠く、巻き込まれ感がなかったり、せっかく沢山居る出演者も活かしきれない感じの二日目。

失ったものを追い求める気持ちが見させる世界。傍目には明らかにおかしいのだけれど没入している彼には幸せな空間が間違いなくあって。その夢が覚めるというのも儚い感じなのです。

円形の壁にぐるりと短冊状に場ごとのタイトルを吊るして。それ自体は大した意味を持ちませんが、芝居小屋っぽくするのは、ちといい感じなのです。

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速報→「或ルゴリズム」電動夏子安置システム

2008.3.20 15:30

あるルールに従った世界、というのが得意な電夏の新作、120分弱。23日までDuo STAGE BBs。

人間そっくり、人格はあっても、人間ではないアルゴ=リトミ。3つまでの単純な動作をプログラム出来るが、それ以外の動作は必要最低限度しかできない。あまり出来の良くない不良品を集めた施設。監視が付き、まるで牢獄のような場所に監禁されているアルゴ=リトミ。そのとき奇跡は起こって。

7人が対等な話になっているチラシのあらすじとは少し話が違っています。 動きの制約、3つ迄に制限されたアルゴリズムというアイディアや、今プログラムされているアルゴリズムを見えるようにしているセットは悪くない感じなのです。ある制約の課された世界のなかで人がどう動くのかを見せるというのは小劇場には時折見えますが、実際にはなかなか難しいのも事実で。

今作に関して言うと、ルールはあるのだけれど、どこまでが制約で出来ないことなのか、あるいは最低限に許されている自由な動きにするのかという線引きが曖昧な感じに見えるのがちょっと勿体ない。歩くと言うことすら制約にしようとするから(で、そのルールと作る目論みもわかるのだけど)、やはり所々に無理があって、そのルールが徹底しないように見えてしまうのです。締まらない感じになってしまうのだけど、それをコメディだからといってはいけないのです。むしろコメディだからこそ徹底出来れば何倍もの効果を生むと思うのです。

恨まれている、バレれば殺されるという、人々の恐れや自分たちの正体がわからないことの恐怖は何度も語られるのだけれど、それが迫ってこない感じなのも勿体ないのです。なにより、着ているものがまったく違う二種類しかないのにそこに気づかないのも不自然な感じ。もっとも、これで衣装同じにされてしまったら、アタシが混乱するのは目に見えていますから、偉そうなことは云えないのですが。

看板だけあって、渡辺美弥子は突出しています。深い恨みからコミカルまでダイナミックレンジの広さも、大きい目と表情の豊かさは舞台を支えます。ナイフ振り回すあたりの動きの面白さ。 なしを成のテンションも楽しい。

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速報→「箱」メタリック農家

2008.3.20 13:00

繋がる4つの関係が鮮やかに。前売りは完売しているようです。60分、23日までギャラリールデコ4。

壁に掛けられた絵、署名もタイトルもないため鼻持ちならない勝手な批評されるが、やがてその絵の見どころも見えてきて「価値無価値」。
ネットゲーム、ほのかな恋心がうまれ、実際に会うことにするが、実際の私は暗い「フィギュア」。
醜い容姿と思いこんでいる女、意識しなくても美しい人々との対話。そのうち鵜呑み、可愛くなりたい一身「コロシアム」。
ファミレス、彼女の話で盛り上がる男4人、そして同じように坐る「雨夜の品定め」

タイトルのついている4本にプラス、引きこもる男の家庭の物語が全体を繋いで。

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2008.03.20

連休だ。

最近の休日では結構珍しい、飛び石の連休。ここで使わず何時使うという調子で年休を金曜に入れて4連休にしたものの、旅に出るでもなくふつうに芝居三昧したりしなかったり。一日芝居デトックスの日を作りますかね。でも雨ふりはちょっとかなしい。

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2008.03.17

速報→「斑点シャドー」JACROW

2008.3.16 19:30

時間軸、関係をフリップフロップに100分。19日まで、OFF OFFシアター。

社宅の入り口と部屋の中。同じ間取りの部屋。二組の夫婦。訪ねてくる人。居候してる人、探してる人。

ネタバレかも。

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速報→「ムネモパーク」TIF/ANJ

2008.3.16 15:00

スイスからの来日公演。鉄道模型の巨大ジオラマと模型好きの(役者でない)年寄りたちの組み合わせの妙。17日まで、にしすがも創造舎。90分。

巨大なジオラマ、そこかしこに居る老人たちはいずれも大の鉄道模型好き。模型の説明したり、遊びに興じたりと語っているうち。

模型に積まれたカメラや、手持ちカメラなどをさまざまに使いこなしてまるでスイスの鉄道の世界にいるよう。交通博物館にあったり、鉄道博物館にあるパノラマ模型のよう。(関係ないけど、アタシの子供のころは、こういう電車の動く風景の模型をレイアウトって云ってた気がするのだけど気のせいかしらそうですか。)

やがてそれぞれの老人たちの過ごしてきた時代が透け見えてきます。彼らの過ごしてきた世界大戦直後ぐらいの出来事とか、酪農や高原の国というイメージばかりではなく、国防としての食料自給とか、実は副業が大きかったりとか、思いも寄らない映画のロケ地になっていたりとか。

ホントに年齢を重ねた鉄道模型好き、という風体の人々。当たり前なのだけど時代の背景をもった人々が透けて見えたり、スイスという国が見えてきたり。これが芝居なのかというと、ちょっと微妙な感じではあります。一種の表現にはなっていると思うし、アタシは結構好きだなぁと思ったりもするのです。これをスイスから運んできたというだけでも。上手端には音響ブース、マイクを近づけた砂利を小さなスニーカーで足音させたり、手作り感も楽しい。

終演後には、観客を舞台に乗せるという趣向。もちろん触ってはいけないのです。

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速報→「きみがいた時間 ぼくのいく時間」キャラメルボックス

2008.3.15 19:00

過去に飛ぶ機械、クロノスに翻弄される人々の人気シリーズの最新作。70本目公演、上川隆也久しぶりの出演、初の150分(休憩15分込み)など話題には事欠きませんが、平日はまだチケットもあるようです。7日までサンシャイン劇場、そのあと神戸、大阪。

エリートコースから突然の帰国命令で謎の子会社に出向となった技術者の男。戸惑い腐っていたが、久しぶりに再会した女に力づけられ、そして結婚する。新婚の生活の日々の中、突然の事故をきっかけに研究を完成させた男は、過去に飛ぶ。

過去3本( 1, 2, 3 +YouTube) は過去に一瞬だけ戻り未来に弾き飛ばされるという制約のタイムマシン、クロノス・ジョウンターを軸に据えた物語。今作はその後の時代、改良に手間取るジョウンターに代わって新しい理論で作られた、きっかり39年戻れるが、元の場所には戻れない片道切符のタイムマシン、クロノス・スパイラルの物語。

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2008.03.16

速報→「イノチトリなゲーム」

2008.3.15 15:30

当日パンフによれば、「たまたま劇場が空いていると聞いて」企画した公演なのだといいます。60分、16日までサンモールスタジオ。

目が覚めたら密室に閉じこめられている男女8人。渡された紙には、一人を選んで殺せば全員脱出、60分以内に誰も死ななければ全員を殺す、と書いてある。そしてゲームは始まる。

安定感があるだろうAキャストを拝見。小劇場で主役やバイプレイヤーをきっちりこなす役者たちですから不安はありません。たった60分しかありませんから、こんな唐突な話をどうやって登場人物達に信じさせるかというのは結構なハードルだと思うのです。似た事件が過去にあった、ということにして納得させるのはなかなか巧い感じ。やがて見えてくる知り合い関係のリンク、その先にあるものは、という段階の踏み方もなんかいい感じ。

60分間息詰まるという感じではありません。どちらかというと軽やかに笑いをとりまぜて見やすくしている感じ。もっとも壁面には大きく残り時間のカウントダウン、役者のほうは時間制限の中、タイトな芝居をしているわけなので、ホントは息詰まる、なのでしょうけど。

ここから脱出を試みる、犯人は誰か、誰を殺すかというあたりに会話の話題は集約されます。同じような会話を繰り返しているというのは、たしかにパニックの状況らしいといえばそうなのですが、高止まりするテンションゆえに観客の側はむしろそのテンションを維持しずらいのは難しいところ。笑いははさまっても、テンションそのものが緩急あるわけではないということなのかもしれません。

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2008.03.15

速報→「メリーさんの柩」横浜未来演劇人シアター

2008.3.14 19:30

横浜での舞台芸術家の育成を目指す未来演劇人シアターの新作。佃典彦の書き下ろし約120分。20日まで相鉄本多劇場。

出会い系サイトで知り合った女と待ち合わせた町、日ノ崎町。戦後すぐのような賑わいを見せる根岸屋で夢のような一夜を過ごしてから一ヶ月。不眠症になり、右目が見えなくなり、眼科に赴く。

横浜伝説の街娼、メリーをテーマにしたシリーズの最終章なのだといいます。アタシは最後にしてなんとか観ることが出来ました。いわゆる風俗街の一軒の店を舞台に、戦後すぐと2008年の現在を自在に行き来する企みは、エンゲキらしさに溢れていて引き込まれるのです。

ちょっとしたSFチックな「メカメラ」なるものを持ち出す前半で一気にこの虚構の世界に持ち込んでくれる気持ちよさ。それに続く戦後すぐ賑やかなりしころの根岸屋の風景、現在の同じ場所でのいわゆる環境浄化活動の市民団体。人は入れ替わっても、その街に住んでいる人々の風景。 時間も場所も鮮やかに入れ替わっていく手法はことさら新しい物ではないけれど物語の力強さとあいまって引っ張り続けてくれるチカラがあります。

ダンスホールに生演奏のバンドが入っているのだけど、正直なはなし初日時点ではバンドの音量と役者の声量のバランスに欠ける感は否めません。どうしてもがなり立てる感じになってしまう役者も居て。役者の力量やアタシから観た相対的な立ち位置によっては何の問題もないのだけど、やはり台詞聞こえてナンボ、ということはあるのでこれはちょっと残念な感じも。

メリーとの繋がりに迫る後半は、前半の猥雑さには少々欠けるし物語の着地点が見えないまま進む感じがしてアタシは戸惑いながら観てる感じがあります。真ん中へんにあるダンスの凄さにやられてしまって、そのあとのリズムの変化についていくのに少々手間取っている、ということかもしれません。

横浜の芝居らしさも、てんこ盛り。名前は変えてあるけど、猥雑さとある種の古さが今でも残る街を舞台にして、米軍相手の戦後から市民運動の現在という自在さ。登場人物たちの名前も横浜近辺の地名からとっていたりしてそれにほくそ笑むのも楽しい。

もっとも、この街の賑わいが鳴りをひそめてしまった「浄化活動」ってのは劇中少々戯画的に描かれている市民運動の結果というばかりではありません。横浜開港150周年(来年だ)へ向けての行政の結果という側面があることは横浜に長く住んでいれば誰でも知っていることで、同じ150周年事業の一環という側面を持つ演劇人シアターがこの街をある種のノスタルジーで描くのはちょっとほろ苦い感じもするのです。

初日に関して言うと、舞台中央客席通路に設置された灯体に観客がつまづいてしまうというトラブルで開演押し。観客全員から見える中で機材を切り替える羽目になって、その深刻さは素人のアタシにも想像がつくのだけど、あの時間の中でなんとか幕を上げて、しかも芝居を観ていて違和感を感じさせないのは、たいしたものだと思うのです。

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2008.03.14

年度の終わりが近づく

会社員とはいえ、決算とか棚卸しということとはあまりリンクしてない仕事のアタシなので、年度の終わりを意識することは少ないのですが、たとえばバジェットが取れたとか、減らされたとかいうことが漏れ聞こえてくるというのは、アタシが歳取ったから、まあ意識するようになったってことですかね。

新人的なアタシとしては、聴いて、聴いて、調整してということをしばらく続けていきます。

来週は飛び石で連休。入れてある年休とれるかしら。どうだろう。

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2008.03.13

速報→「三人姉妹(プレビュー)」時間堂

2008.3.12 19:00

あまりも有名なチェーホフの戯曲。そのままに180分(休憩10分込み)。23日まで王子小劇場。プレビューを拝見しました。

あらすじは少しいれておいた方がいいと思います(たとえば)。アタシといえば、 ものすごく久しぶりに仕事で開演に20分ほど遅刻。この演出家ならば開演をどうするかが気になるのだけどそれが見られなかったのが残念。

劇場の中央に舞台、挟む客席。おそらくは入り口を背にして左側が正面な感じになります。メロディーラインともいうべき幹はそちら側の、しかもなるべく中央がが見やすいのです。遅刻したアタシはその対面(右側)の入り口近く。向こう側が主だと感じつつ、瞬間瞬間にいいシーンを独占出来るのはうれしい感じはちょっと巧い。

台詞をいじらないと決めた演出なのでしょう。リラックスする芝居を標榜している時間堂にとってのバランスの難しさ。確かに役者の立ち方、台詞の語り方はごく自然。が、語る台詞は21世紀の日本人の身体からは出てこないテキストだと感じるアタシの違和感。

アタシの友人が云っていたのは、なぜこのテキストをいま、彼らがするのかという意味。今までの時間堂を見ていればオリジナルで現代口語演劇の先、次のステップとしてのスタンダードということは理解できますが、一見の客にとってはそれは作る側の都合にすぎません。もっともアタシの見慣れた小劇場の役者、もちろんアラもあるけれど若い彼らの、しかもこの芝居のために集まったチームということの意味はあると思います。

遅刻したからかもしれませんが、関係が今一つ見えないままに進む前半は長く感じます。さまざまな手法が楽しい。角材を使った枠で自在にあれこれとか、乳母車は今ひとつ見えづらい。ごく短い時間で舞台上の物を入れ替える鮮やかさ、ポケットから取り出した板をキカイや情報の現代の道具に見立てながら芝居そのものには影響させないのもちょっと凄い。

アタシ的には休憩後はがっちり噛み合う感じ。プレビュー時点ではリズムにのれないいくつかの台詞はありつつも、安心してみられます。さすが名作といわれるだけあって、終盤30分はテキストも起伏がきちんとあって楽しめます。

とはいえ、180分というのはさすがに手強さもあります。コンディションを整えて、ぜひ。

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2008.03.10

速報→「フリータイム」チェルフィッチュ

2008.3.9 18:00

約二週間の公演期間があっという間に完売はしたのだけれど、席を見直して平日分は前売りの再発売がかかっています。アタシは日曜夜に当日券。20人ほど、入れたようです。18日まで六本木・SuplerDeluxe。休憩15分を挟み80分ほど。

ファミリーレストランのバイトの女、朝にシフトを入れている。基本的には空いていて静かなのだけれど、めんどくさい男の客も居たりする。そして毎朝通勤途中に30分だけ居る女性もいたりする。

チェルフィッチュはこれだけ注目を集めていても、「三月の五日間」だけが突出して面白いと思っているアタシです。手法としての意味は認めるものの、そこに物語が薄く感じるのがアタシに合わないと思っていたのです。今作は「三月〜」には及ばないけれども、アタシの好きな仕上がりになっています。が、それは物語が濃くなっている、ということではないのです。

彼らがやってきたのは、より物語を薄くする方向。かといって、パフォーマンスとかダンスというのとは違う方向。言葉で要約したら二行ぐらいで書けてしまうような「気持ち」というか「気分」を表現していると感じるのです。巧い言葉がみつからないのだけれど、思い浮かんだのは「リリカル」な感じと言う言葉です。んー、これもちょっと違うのですが。

正直な話、いままでの岡田作品を見ていれば、突出して新しいことがあるわけではありません。より「深化」させたとは思うけれど、当日で4000円というチケット代を考えると、誰にでも勧められる感じでもありません。アタシはたまたま語られている骨子が腑に落ちたから満足しましたが、琴線の何処にも触れない観客にとっては(それは、その観客のセンスがどうこうという問題ではありません。たまたま、興味のある話題かどうかということに過ぎないという点で博打なのです。)確かに高すぎる感じもするのです。

ネタバレかも

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速報→「なるべく派手な服を着る」MONO

2008.3.9 15:00

京都の劇団、MONOの年一回の東京公演。13年ぶりという客演は世界を広げるのに功を奏しています。16日までスズナリ。105分。

建て増しを繰り返して迷路のようになった田舎の家。父親の先が長くないと知り、兄弟たちが集まる。四つ子、弟、養子と妻や恋人も一緒に。その中だけの決まり事は嫁たちには理解出来ない。寝たきりの父親が鳴らす鈴、息子たちが行くと。

全体に軽い会話、笑いが沢山。気楽に観られるし、芝居を見慣れなくても(スズナリの椅子さえ我慢すれば)楽しめること請け合いの一本。むしろ、嫁いだ経験のある女性にこそ観て欲しいと思うのです。

四つ子とはいえ長男次男三男四男というヒエラルキー。末っ子の六男は養子で母親の顔を知らないということもあって全てにおいて優先されて可愛がられる。五男は陰が薄い。その妻とか恋人たちとかという割と複雑な関係をたった15分で(笑わせながら)あっという間にくみ上げてしまう凄さに舌を巻きます。そして、その関係を変化させる事件が起きたりして、バランスオブパワーが崩れていくという過程を、観客に悩ませることなく、しかしスピード感をもってしっかりと伝えるのも凄いのです。

女性二人の劇団員が抜けてからのMONOは男たちだけでの芝居が続きました。が、やはりこういう家族の姿を描こうとするときには女優があることの厚みを痛感します。女たちには理解できないその家族だけのルールが圧巻なのだけど、それがちゃんと物語の理由付けになっているとか、後から考えれば考えるほど隅々まで考え抜かれた構造だと思うのです。

なぜ、そんな家訓が成立する訳がないことに気づかないのかとか、アラがないわけではないのだけど、それはとても些細なことだと思うのです。エッジな芝居も楽しいけれど、あたしはこういう芝居がコンスタントにかかれば、安くはないけどデートに向いてると思うのだけどなぁ、自分が出来るかどうかは別にして。

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2008.03.09

速報→「鯨屋の客」菅間馬鈴薯堂

2008.3.8 19:30

菅間馬鈴薯堂の新作。いくつかあるシリーズの中のひとつ、草津温泉シリーズの4本目なのだといいますが、アタシは初見。90分、9日まで王子小劇場。

草津温泉の奥、冬になると人気のないオンボロな温泉旅館。流れてきた初老の女が雇ってほしいとやってくる。この旅館は春になったら閉めるのだという。それまでという期限つきで。主人とその弟、問題抱えた四人兄弟たち、芸者、ストリッパー、長逗留の客たち。

温泉旅館の風呂場の前の広間とわりと具象になっている美術と、幅広い年齢の役者達は、がっつり芝居を見せてくれると思っているとそうではありません。さまざまな人間が来て何かしていくような点描が主体になっています。物語の幹らしいものは長男を巡る話などうっすら見えますが、それが主眼では無い気がします。セットはセットで、具象の割にどこに出捌けているかがばらばらな感覚もあります。突然踊り出してみたり、歌い出してみたり。

正直な話、アタシはこのスタイルの芝居、この役者達が巧いのかどうか、実際の所よくわからないのです。90分飽きずに観られるのは確かだし、個々のシーン(長女・次女や、初老の女と長男)は見応えがあるのですが、それに拘ることなくさらりと切って次のシーンにしたり、台詞も短く単語の羅列に近い構成にしていて、朴訥さは出ているのだけど、どこか詩的な響きになっていたり。馬鈴薯堂の他のシリーズではもっと物語に寄ったものもあるのですが。

アタシの友人が云っていたように、こういう芝居を学生劇団で見せられたらアタシはもっと厳しくおもいそうなものだけど、そうならず、見続けてしまい心のどこかにひっかかるというのはなぜなのだろうと思うのです。それは、王子で出会ってから見続けているというひいき目ばかりではないと思うのだけど、その理由を見つけ出せずに居るのです。

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速報→「偉大なる生活の冒険」五反田団

2008.3.8 15:30

前田司郎、岸田戯曲賞受賞後初の新作。90分。こまばアゴラ劇場。

写真家を志すもろくに仕事をしないまま女の家に転がり込んで、日がなファミコンをしている男。隣に住んでいる男を呼び込んでは攻略法を聞いたりしているが、家主の女はもちろんいい顔をしない。ときおり4年前に死んだ妹のことを思い出したりはするが。隣の男のところにその彼女が引っ越して来て、その挨拶に訪れる。

万年床に散らかり放題の部屋、小さなテレビとファミコンと漫画。五反田団の基本フォーマットともいうべき形。転がり込んでいる彼女の部屋と、4年前に妹が訪ねてきたときの男の部屋という二つの部屋をまったく同じ形で見せています。たとえば、4年前の部屋にしかないはずの酒がどちらの部屋にも残ってしまうというのは、気になる不整合になりがちですが、これだけ散らかった中では、背景の一つにとけ込んでしまうのか、それとも芝居がぬるいからなのか、まったく気にならないというのは、新鮮な発見。

死んだ妹も4年前に心配していたとおり、30に成っても男は仕事もしないしろくな生活はしていない。女のところに転がり込んでいるし、金がないといっても、まあちょと小金が出来たりはするのだけど、基本的にどうにもなっていないのです。それでも何とか成るだろう構える感じがちょっと粋といえば粋だし、金がないとはいっても余裕あるじゃん、という感じがしないでもありません。

例によって低い所に寝転がるシーンの多い芝居。先日のNHKのようなこともなく何処に坐ってもわりとちゃんと見えるのは嬉しい。L字型の客席のどこに陣取るかは迷うところですが。芝居は上手側の辺(舞台向かって右側の辺)が正面になりますが、アタシは入り口から遠い側の端(下手端)。役者はここがもっとも近く、側面の芝居といっても、女優がこっち向いてるシーンも多くてあたしゃ満足です。

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2008.03.07

ああ、これは制作業務なんだ。

四十の手習い的な新しい仕事。今までのつもりにつもった荷物は前のフロアにあるけど、仕事道具の引っ越しは完了しました。エンジニアからリーダだったいままでから、支援業務に。

エッジではなくなるけれども、人々のコミュニケーションをスムーズに動かすべく先回りする、というのが今のところのアタシの理解。サミット的なもののタイムテーブル決めたり、発表依頼したり。そうか、これはサミットの制作業務なのだ。お金の計算とか、広報業務はないので、内向きの仕事だけですが。

週末。

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2008.03.06

速報→「雷電甲子園」雷電

2008.3.5 19:30

KAKUTAの成清正紀のプロデュース公演。隣り合う三カ所、ほぼ同じタイムラインを三人の作家というコンセプト。劇小からステップアップしたシアターサンモールの初日はほぼ満員、20分弱押し。120分。

七日市、という架空の町。での定時制高校野球の県大会の決勝大会。同じ学校の全日制がすでに全国大会に出場を決めている。9回表で雨、中断中の40分。

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2008.03.02

速報→「はなとゆめとお菓子」はなとゆめ

2008.3.2 18:00

「はなとゆめ」の新作。70分。神楽坂die pratze。

クッキーの工場。工場内の騒動でかっこよかったリーダーの男に恋心を起こす女が二人。片方は引っ込み思案でどうしても告白することができない。ある日派遣社員として女が三人やってくる。が、彼女たちは実は企画モノのAV嬢で、あちこちの工場で撮影しているのだった。

脱力してて舌足らずな口調が全ての人物に徹底されていて、カワイイもの至上主義というあたりとか、セックスすればちょっと大人になるという断定感とか、どこか若いオンナノコ的なものでは貫かれています。小劇場で舌足らずのキャラクタというのはままありますが、それがほぼ全員に徹底するというのも凄いんだか凄くないのだかわからないけれど、個性ある雰囲気を作り出しているのは間違いありません。少々胸焼けしてしまいそうな気はするけど、巧く続ける方法ははあってほしいと思うのです。

「恋をするとピンクになる」とか「輝いて見える男の人(照明を花柄のような形で当てる)」とか部分部分の小技が効いています。

アタシは割と好きは好きなのです。意識して作りあげられている世界だと云うことはよくわかりますし、それはある程度達成されています。が、これを評価していいものかどうか、アタシにはうまく消化することが出来ずにいるというのも事実なのです。

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速報→「檸檬/蜜柑」弘前劇場

2008.3.2 14:00

弘前劇場の新作。スズナリでの公演は終了。100分。

ビリヤード台とバーが併設された古書店。近くの大学の学生やそこの講師や新聞記者などが出入りしていてビリヤードに興じたり酒をのんだりしている。五十歳ほどの雇われ主人と、オーナーの息子が店番をする。その雇われ主人を訪ねて同じ年齢ほどの男が訪ねてくるが...

古書店とはいってるものの、本があるのは奥の部屋で、舞台中央には大きなビリヤード台、下手側にバーカウンタや、全体に点在する椅子。出入りする客たちのちょっと哲学めいた会話が続くのが全体のベースになります。雇われマスターとその娘と、死んだことになっている母親の話が物語らしいものにはなるのですが、これが具体的に形を表すのはすいぶん後半になってからです。

なんか会話の全体が全体に知識人の集まる場所、みたいな雰囲気をぷんぷんさせているのがまあ、ちょっと鼻につくといえば鼻につきます。そんなに難しい話をしているわけではないのだけど、哲学とかドストエスフキーとか、あるいは酒を浴びるように呑んでみたりと、まあ、そういう人が集まる場所場所ではあるのだろうけど、リアルな感じ、とはちょっと違います。風俗嬢がドストエフスキー読んでちゃいけない、なんてことは決してないのですが。

津軽弁を使ったテンションの強弱はこの劇団で強い手法。この部分をのぞくと、中盤までは特に静かな会話が全体のベースになっています。残念なのは、スズナリの規模ですら後ろの方からは聞こえにくい台詞がいくつもあって、上演台本を購入してわかったことがいくつも。「栄養士」が「養子」に聞こえたり。あるいはビリヤード台に風俗嬢がバックの中身をぶちまけてしまうシーンがあるのだけど、イソジンの小瓶はともかく、コンドームの袋をふりかけの袋といっているなんてのも、実は見ている最中はよくわかりませんでした。単にアタシの注意力散漫なのかもしれませんが、観る場所によってずいぶん印象が異なる気がします。

想像にすぎませんが、それぞれの役者の喋るあれこれのグチっぽいこととか、世間へのつっこみとか、全てが作家の分身のようなエッセイの集大成のような、そんな感じもします。

後半の父と娘のシーン、あるいは刑事のシーンはさすがに安定。物語らしきものの担っているのはこの部分なのだけど、それ自体が大きな驚きという感じではありません。が、なんせ年かさの役者の雰囲気とよくあった話は、そのシーンだけで説得力があります。

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速報→「お前がダメな理由」箱庭円舞曲

20080.3.1 19:00

本公演としては初見。130分。3日までサンモールスタジオ。

共同生活をするコミュニティハウスのような家。若い人ばかりだけれど、出て行く人、古くからずっと居る人、新しく来る人。

この手の共同生活を実感として持っていないアタシですから、描かれていることにリアルを感じるかというと、そこは大きな問題ではありません。そういう場所がある、ということが諒解されればいいのではないかとおもうのです。

終盤10分で全ての収束点を作り上げる感じ。その場所がどういう感じの場所で、住んでいる人々が互いに干渉しないで、気を抜けないようなある種の緊張感もあってという場の雰囲気を積み上げていく感じがします。その長さは場所の特性を観客のカラダに生理的に馴染ませるために時間を取っているという感じはしますが、正直な話、体感時間としては少々長く感じるのも事実。軸となる話が提示されないままでも、こつこつと積み上げていって居ることは、今となってはよくわかりますが、芝居を見ている間はこれがどう収束するかはわかりませんから、不安になってしまうのです。

冤罪でここに来たサラリーマンと逃げ出してきた女。あるいは漢字がほとんど読めない(会い場、のという誤字は秀逸だとおもう)男と、風俗系だろうけどもうすこし上を目指す女とデスク(ビデオ編集もできる)という断片はそれぞれがドラマになりそうな片鱗は見せるのだけど、盛り上がりかけてはさっと切り落としてしまう感じで、全体が流れにはなりません。もちろん、それは意図されたものなのでしょう。

結果的に軸だと思うのは、終幕の二人。バカにしていた男に対してある種の優越感を持っていたのだけど、そいつは熱く思うことがいくつもあって。それは中学生のような恋愛だったりいつ完成するかわからない小説だったりするので客観的にみればたいしたことないのだけど、そいつの熱さをとても眩しく感じる感覚は、なんとなくアタシの腑に落ちる感じではあります。そう、熱いヤツがダメなのではなくて、熱くなれないアタシがダメ、なのです。

アンケートには普通の項目に加えて「アナタはダメですか?YES/NO」みたいな項目があって、もう思いっきり◎してしまいましたとも。

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速報→「江波戸さんちのにぎやかなひなまつり」危婦人

2008.3.1 15:00

10年目を迎える危婦人にいくつかあるシリーズモノのひとつ、ファミリードラマのシリーズの新作。120分、2日まで中野ザ・ポケット。

三人姉妹と父親とウサギの住む江波戸家だが、みんな出払っていて長女とウサギだけ。近所の人々やら、なぜかの同居人と恋人やら、三女の恋人やら昔の知り合いやらとさまざまに賑やか。ひなまつりが近づき、人形を飾ろうとすると、その首が取れている。それと同期するようにして泥棒が入ったと騒ぎになり...

さまざまな人々が出入りするファミリードラマ、とはいいながら、シリーズなのに正直な話キャラクタの多くを欠いた状態となっていて厳しい台所事情も見え隠れ。デイジーというウサギの狂言回しと、長女が事実上のメインキャラクターになっています。長女のほのかな恋愛事情やら同級生たちやらの話を軸にしながらのものがたり。

交換日記で思い出す過去の気持ちというあたりのベースは悪くないと思うのです。が、なぜそう考えて無茶な行動に出るのかということが理解できない人物造形が多くて戸惑います。知り合いの知り合い、という縦横にリンクする関係が次々と現れても、それがグルーヴにならないのも惜しい。

それでも、細部にはちょっといいところもあって、たとえば「変わらないことはいいことなのか」とか、デイジーの耳の絶妙なタイミングとかは結構好き。長女とセールスマン(?)、ほのかな恋心で駆け引きをする関係の会話は大人な感じがして素敵。指輪のあたりの細かいネタ、片手で渡し両手で受け取ると伸びている、というちょっとしたものなのだけど、エンゲキっぽくてわくわくします。

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