2017.11.23

【芝居】「グランパと赤い塔」青☆組

2017.11.18 19:30 [CoRich]

27日まで吉祥寺シアター。135分。

結婚して家を出た女だったが建てた家を空襲で失い夫婦と二人の娘は女の実家に同居している。実家はボイラー会社を営んでいて、同じ土地に建つ独身寮の工員も何人か母屋にも出入りしている。長女はちょうど小学生ぐらい、グランパと呼ぶ祖父がよく連れ出してくれる。
遠くに見える新しい電波塔が建ちつつある。信州から鳶の若者が工事のためにやってきて、この家に同居する。

空襲で家を失ったなど戦後の名残はまだあるし、終盤にはあれからそれほど時間を隔てていないことを改めて印象づける悲しい話もあるけれど、しかし東京タワーが建設され人工衛星スプートニクのニュースが駆けめぐる頃。会社社長宅というわりと裕福な家で、幸福感に包まれて育つ女の子を主人公に語られます。もちろん作家の世代よりはずいぶん上の景色だと思うけれど、大きな家にたくさんの人が出入りして暮らす、しかもそれは日常の風景(少なくとも私にはそう見える)のリアリティがきっちりと。

科学や技術が人間の将来を明るく照らし、そのために真剣に働くことが絶対的な善と言える、ある意味幸せな時代と、その時代の気分を揺るぎなく信じ体現する「グランパ」の存在がこの幸福にあふれた空間を紡ぐのです。ここにも戦争の陰はもちろんあって、終盤にそれを描くことを忘れないのは作家の周到さ。 正直に言えば、あまり若い夫婦が抱える小さなものを覗けば人物たちの対立軸や何かの成長といった物語を駆動する力は弱く、優しすぎるとも感じます。もっとも、それは少女からみた世界ですから、なるほど親夫婦の小さな諍いは見えるけれど、その向こう側のさまざまなことは彼女には見えてない、という視点ともいえるようにも思います。

若い鳶を演じた竜史のまっすぐ、石田迪子演じる若い女中を口説こうという若者たちの生真面目さが微笑ましいけれど、そこにももうひとひねりの物語。年上の女中を演じた大西玲子は時に厳しく、しかし大きく包み込むように家を守る存在をきっちり。グランマを演じた福寿奈央は凛として美しく存在し、若い夫婦を演じた土屋杏文と細身慎之介、ちょっと肩身が狭かったりしつつ、自分たちの将来をどうしようと前向きに考えるしっかりした存在として造型。ワタシの未来かというぐらいにだめな親戚のオジサンを演じた藤川修二は明るく道化の存在。グランパを演じた佐藤滋が実によくて、ちょっとコミカルでかわいらしいところもありつつ、ちゃんと未来を信じ続け、背筋がぴんと伸びた紳士をきっちりと作り上げています。

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【芝居】「花音」ポかリン記憶舎

2017.11.18 15:30 [CoRich]

2013年から鎌倉の団体・ルートカルチャーが全国で公演を重ねてきた二人芝居を役者を換えて、ポかリン記憶舎として上演。 19日までスターダストのあと、韓国への招聘も。50分。

男女。種を蒔いて待っていたり、川の両側で逢いたいとおもったり、鬼ごっこだったり、かくれんぼだったり、時に片方からだけしか見えなくかったり。

20シーン、男女のさまざまな関係を描きます。厚手の紙を敷き詰めたような白一色の空間。対面の客席でさらに客席の両側と中央にも通路を設け、役者がその間を動き回ります。役者が見えないシーンは数々ありますが、それは大きな問題ではなく、紡がれる言葉と二人の役者の距離感など、小さな空間で楽しむのが吉。字幕が必要な韓国公演ではさすがにこうはいかず、プロセニアム形式での上演となるようです。

物語を紡ぐというよりは細かな断片で様々な距離感の男女を描きます。会話はしているけれど、むしろモノローグで紡がれた物語のように感じるあたしです。 かつて「地上3cm」を標榜していた語り口はそのままで、時に浮遊し、時に空間に気持ちを委ねるよう。分析的に細かく考えようとすると早々に行き詰まるというのもすっかり久しぶりの体験なのです。気持ちよく感じる空間を紡ぐことこそがポイント。役者が替わったとはいえ、これをさまざまな空間で演じ続けてきたということの奥深さ。

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2017.11.22

【芝居】「LIFE, LIVE ライフ、ライブ」フライングステージ

2017.11.12 19:00 [CoRich]

パートナーシップ法制をきっかけにした前二作を受けてのスピンオフ的な一本。2日までOFF OFFシアター。

ゲイの行政書士、渋谷と世田谷の同性パートナーシップ法制を機会に申し込もうと思ったが相手から別れを告げられる。勤めていた事務所から二人で独立して事務所を立ち上げる。 初めてパートナーシップに申し込もうとするカップル。異性婚であれば決めなくていいさまざまな決めごとを書式に残すのが面倒だとおもったりしても乗り越えていく。
そのうち、この行政書士の妹が家を出ることに決めるのに巻き込まれるように、ゲイであることを初めて母親に打ち明ける。
別れた元彼が相談に訪れて、別のパートナーと暮らしていて、里親として子供を迎えたいことの相談を受ける。
ゲイの息子を亡くした母親が相談に訪れ、お化け屋敷とまで呼ばれている大きな邸宅を交流の場に提供したいともちかける。

2015,2016年公演のスピンオフですが、わたしは2016年公演だけを拝見しています。台詞に出てくるゲイの行政書士を語り部にして、LGBTをめぐり、少なくとも本人たちにとっては大きな問題を短い物語として描きます。

一つ目はこの三部作をつらぬく同性パートナーシップ申請をするカップルが経験することで、異性間の結婚はただ書類一枚だけなのにいろいろな決めごとを書類にすることのある種の煩雑さ。二人の関係を明文化するということで考え直し見えてくることもあるし、同性パートナーシップが社会的に認められたという進歩だけれど、その煩雑さはそれがまだマイノリティであることの裏返しだという、自分たちの社会的な立ち位置を語っているよう。

二つ目は家族への同性愛者であることのカミングアウト。ゲイの法律家といえば漫画「きのう何食べた」(公式サイト,まさに無料公開の第8話がそんな感じですが)がわりと知られている物語で劇中でも語られます。親や兄弟に知らせること、それによる戸惑いや距離感、あるいは親の面倒をどう見ていくかをめぐるちょっとした駆け引き。別の物語として語られる、死んだゲイの息子を巡る母親のことも含め、家族とのいう周囲との関係を描きます。 それは、ひっかかることそれぞれが年齢を重ねてきた作家がおそらくは見てきたさまざまのリアリティを持つ深みなのです。

三つ目はゲイのカップルが里子を迎えるという物語。リプロダクティブという意味を持ちづらい同性愛者の間と次の世代をどう繋げていくかについての、一つの形。それは芝居全体に対してもあるいは社会に対しても未来を感じさせるのです。

ゲイの行政書士を演じた石坂純は語り部も兼ねつつ、ちょっと困った感じの巻き込まれ感もやけに可愛らしい。その母親を演じた石関準は安定の女性の造型。ごく抑えた母親の姿。妹を演じた高木充子が顔の形まで変わると思えるほど大声で怒鳴るのもめずらしく印象的、さらに二役を演じた役所の職員はコメディエンヌぶりが楽しい。コンビを組む司法書士の女性を演じたモイラの正体不明感、しかも一貫して美人キャラでちょっと凄い。作家を兼ねる関根信一は、おばちゃんなキャラクタも謎めいたマダムも自在に安定。

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【芝居】「墓掘り人と無駄骨」MCR

2017.11.12 15:00 [CoRich]

MCRの新作。110分。13日までスズナリ。

寝取られた彼氏に未練がましくストーカーを続ける女は、男の注意を引こうと治安の悪い公園に赴いていて、偶然、背中に包丁が刺さった男を助ける。男はひと目で恋に落ちるが、痛みを感じない優秀な殺し屋だった。
両親を殺された男は友人の勧めで霊媒師と一緒にその犯人を探すことにする。残留私怨を辿り行き着いたのは、治安の悪い公園だった。

痛みを感じない冷徹な殺し屋と男を寝取られた女の恋物語、殺し屋が暮らすホームレスの集う公園。あるいは両親を殺された男の犯人を捜す旅。いくつかのつながりを中心に物語が進みます。 いくつかのシーンはやがてするするとつながり、終幕、大きな一つの物語に収束するのが本当に見事。 昨今わりと中年にさしかかった男の寂しさを強く感じる作風が増えてきましたが、今作はしっかりエンタメの要素を取り入れつつ、家族の物語をしっかりと描ききるのです。それは終幕で明らかになる家族の姿、その喪失の理由は実はうっちゃって描かないのもメリハリがあっていいバランスになっています。

それでも、やはりちょっと不器用な人々を描く作風は健在なのです。 背中に包丁が刺さったままの男だったり、フられた恋人を振り向かせようとレイプされると煽る女、目玉くり抜くぐらいの怖いことを云うのに励ましのお手紙を見舞いとする殺し屋のボス、ホットパンツでアンニュイが過ぎる霊媒師など、強烈なキャラクタを配しながらも、描かれるのは不器用な人々の恋物語や憧れる気持ちの素朴さなのです。

恋人の男が寝取られてなお、諦めきれずにストーカー気質になっている女。寝取った相手の女が慇懃無礼よろしく、表向きは丁寧にしかし相当に罵ってる言葉をなげつけるシーン、そこから表向きは激高せず静かなのに、静かに切れる殺し屋のシーンが圧巻。笑顔での会話が容赦なく、どんどん圧力を強めていったあげくの爆発のパワー。

痛みを感じない殺し屋を演じた川島潤哉は実に淡々と冷徹なのにそこに芽生えた恋心への戸惑いという造型が見事。両親を殺された男を演じた堀靖明は巻き込まれツッコミ続けるという感じなのに終幕近く、切ない背景が見えてきて感じる深み。殺し屋のボスを演じた後藤飛鳥は可愛らしいこと言いながら目玉くりぬくぐらいのことも平気で言う落差が楽しい。霊媒師を演じた伊達香苗はホットパンツにタンクトップの出で立ち、ちょっと勘違いしたアンニュイな造型で一度見たら忘れられない強烈なインパクト。

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2017.11.18

【イベント】「宙吊りの踵が降りる朝」(月いちリーディング / 17年11月)

2017.11.11 18:00 [CoRich]

戯曲のブラッシュアップの企画、東京では今年最後。動画(YouTube)も公開予定。

電車に乗って通う会社で新入社員研修を受ける女。 中学高校と通った学校の、新体操部の練習や友達のことを思い出す。 拒食症になった友達や胸が大きいことばかりからかわれる友達、厳しい部長。親友だった一人はとても仲がよくて、電車で通うのもよく一緒になったけれど、彼女は一人先に「降りて」しまった。

新入社員研修の現在から俯瞰する、中学生の頃の話。身体が急速に育ち、新体操という種目とあいまって、自分の身体なのに「見られ」「消費される」ことをいやでも意識させられる日々。普通の年頃の女性よりも更に体重が軽いことが絶対的な善で、身体の線の美しさが求められる世界。食べられなくなったり、胸ばかりみんなの目が向いてしまうことだったり。自分の意志とはまったく関係なく、女に生まれて成長しているというだけなのにそんな目にあう、ということ。

部活の日々はもしかしたら楽しいこともあるけれど、厳しいことばかり思い出して。どうしてそうしなくちゃいけないのかという疑問を差し挟む余地もなく規律に縛られていることを思い出したのは、新入社員研修ということがきっかけなのです。それは部活で厳しかった規律、あるいは女に生まれたことで求められる所作のようなもの、それぞれが理不尽だと思ってもそういうことに乗って生きていかなければいけない、ということ。
何かの成長や変化というよりは、ゆるやかにしかし強固な何かにがんじがらめになっていることが変わらない、ということをあのころと現在が成す相似形で描き出すのです。

その中にあって、その強い流れから「降りてしまった」友達の存在が物語に不穏な影を落とします。その時点で止まったままの彼女と、そこから時間も状況も流れ変わったはずなのに、変わらず感じて成長している私の存在を向かい合わせに描くのです。

リーディング後の議論で指摘が多く見られたのは、描きたいことが本当にたくさん詰め込まれていて、本当に描きたいものがどれかということを決められていないのではないか、ということでした。片付けの魔法、よろしく整理したらいいかも、というのはゲスト・鈴木裕美の指摘。大人のシーンは丸々不要かもというのはゲスト・前田司郎の指摘でした。

たとえば、作家自身がよけいなエピソードかもしれないと質問した「胸の大きな女子」の成長のくだり、私はこのシーン、すけべ心は別にしても大好きで厚みのあるシーンだと思うしそう発言したけれど、確かに全体を眺めてみると、このシーンがやたらに長く、しかもやけに説得力があるために、バランスを欠いているという指摘も一理あるなぁと思ったりもするのです。 この彼女のシーン、ファミレスから肉屋、ラブホテルという変化で感じている一人語りが圧倒的に力があって、違和感もしっかりあって、物語の力があるのです。これは独立してもう一本にしていい話なのかもしれません。

印象に残る台詞がいくつか。たとえば人身事故の列車に乗り合わせなくて「謝らなくてもいいのにね。」とかワタシの違和感にもぴったりあうのです。全体にモノローグばかりな感じはあってダイアログが少ないのは惜しいところ。戯曲は自在に切り替えるシーンの数々、でもそれは演出家の仕事なのだというゲストの言葉が力強い。

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2017.11.16

【芝居】「風紋 ~青のはて2017~」てがみ座

2017.11.11 14:00 [CoRich]

てがみ座の新作。19日までRED/THEATER。125分。

花巻と釜石の間を繋ぐ鉄道で鉄路の繋がらない交通の難所にある乗換の駅。駅は宿を兼ねている。この家の主は津波で亡くなり、その父親と妻が切り盛りしている。
大雨で山道が崩れ、足止めを喰らう乗客たち。高熱で倒れる男、炭鉱に向かうカップル、マグロ漁船の男、貧しく口減らしの為に家を出た女。
熱に倒れた男はうなされるうち、亡くして10年になる妹や、憬れていた親友のことを思い出す。

三陸の大津波や世間がきな臭くなっている時代、宮沢賢治の最晩年、病を抱えながらセールスマンとして売り歩く日々の、おそらくは創作されたエアポケットのように隔離された数日を描きます。 きな臭くなる日々の中で生きる人々。「アカ」と呼ばれる共産主義狩りも見え隠れし、あるいは一切れの干し芋と汽車賃だけで稼ぎに行く娘、あるいは東京の踊り子や炭鉱を目指す男。 気候も社会情勢も嵐の中のように荒れているけれど、描かれるのはむしろ台風の目のように静かな空気で 宮沢賢治自身の妹や親友の姿を走馬燈として、あるいはこの時代それでも先に進み生きていこうとする市井の人々の姿なのです。

心は傷つき身体は弱っていても実は裕福な家に生まれ、自分の生活そのものよりも、深く信仰する心とよりよく暮らしていきたいという理想のために生きる賢治と、生きることそれ自体が目一杯な人々は実は対照的だけれど、その両者が自然の大きな力という偶然によって一瞬だけでも交差した、というそのさまを穏やかに描くのはまるで絵画のようでもあります。 そう、穏やかなのです。 少しばかり不穏な物語を抱える人物もいるけれどこれもまた時代の不穏な背景を描いていて、この小さなエアポケットの物語を脅かすものではなくて、そこが繋がらないのは、全体として、ちょっと勿体ない気がしないでもありません。

未亡人となった女を演じた石村みか、その義父を演じた佐藤誓は実直にその場所に留まり続けしっかりと生きる人物を造型、静かな迫力といった風情。宮沢賢治を演じた山田百次は感情を抑え、死期の近づきすら感じさせます。口減らしされた女を演じた神保有輝美は健気さとしっかりと生きる力強さを描き出します。

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2017.11.11

【芝居】「しゃぼん玉の欠片を眺めて」TOKYOハンバーグ

2017.11.4 18:00 [CoRich]

劇団は初見です。7日までサンモールスタジオ。120分。

三人の子供が家を出て、妻を亡くして一年、一人暮らしの老人。近所にあるハウスクリーニング会社を試し、定期清掃が月一回から週一回に増えている。長男は結婚し息子は時々この家を訪れている。長女は夫を亡くして娘の就職を控えているが、母親に続き父親の介護も押しつけられそうになっている。次女は独身で何度か起業しているようで忙しそう。
クリーニング会社はこの老人が得意先ではあるけれど、清掃以外の仕事もしていたり、必要でないのに毎日のように清掃に行くことに疑問を感じている従業員もいる。
その老人の前に若い頃の姿の妻が現れる。

一人暮らしの老人宅、と家を出た兄弟、清掃に出入りするスタッフという軸で展開する物語。両親の介護はワタシにとってはまだその実感がない物語だけれど、そろそろと現実が近づきつつあるリアリティ。

子供の世話にはならないと頑固にはねのけて一人暮らしをしている老人、子供たちの心配、スタッフたちの心配。立場は違えどそれぞれが優しく見守っている人々というスタンスはこの世界で一貫していて、実に優しい物語なのです。もちろん現実問題として介護を続けることの辛さやそれを回避することの後ろめたさ、騙されているかもしれない疑心暗鬼などいくつもの現実を織り込みつつではあって、細やかなディテールなのです。

もちろん現在だって不幸ではないけれど、妻を亡くし一人で暮らす家は広く、この父親にとってもっとも幸せだったあのころを思い出すこと。それは花火であったり、シャボン玉の光景であったり。 わりと淡々と進む物語をどう終うのかと思っていたら、大雨、台風のシーン。老人がビニール合羽にビニール傘で風に向かう一瞬。ごく短いこのシーンの凄みもさることながら、そこで世界が転換して、老人は施設で記憶もおぼろになってきて。その施設の清掃業務を請け負うために訪れたスタッフが、なじみと思った顔を見つけて挨拶しようとするも、認識されないことを感じるシーンの切なさ、そしてスタッフは前を向いて進むという終幕。

正直にいえば、物語のスケールに対して役の数がやや多い感じはあって、ディテールを増してはいても物語にあまり関与しない人物があるのは少々もったいない感じもあります。

老人を演じた三田村周三の自在さ。優しかったり頑固だったり クリーニング会社に再雇用された年かさの男を演じた丸尾聡はちょっといい。元教師という属性はちょっと絶妙で、強くあらねばならない社長が弱みを打ち明けられて人物の深みをつくることに寄与しています。

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2017.11.06

【芝居】「アレルギー」「日曜日よりの使者」feblabo

2017.11.03 19:00 [CoRich]

いしのまき演劇祭向けのツアー企画、出発前に東京での上演。 二本立て。4日までシアターミラクル。そのあと石巻。90分。

アルバイトの男女が別の喫茶店で待ち合わせる。いままでいいことが無い人生だった女は男からの好意が嬉しいが信じていない。しかし、どうしてもひとつだけ、「手をつなぐ」ことだけはできないのだと言う。男はそれがとても楽しみなので納得できない「アレルギー」(作 米内山陽子)
喫茶店に迷い込んだ老人は自分が誰で何処に住んでいるかも記憶はぼんやりしている。いろいろな香りから徐々に思い出すものがあって「日曜日よりの使者」(作 竜崎だいち) 「アレルギー」は2014年feblaboでの上演を観ています。 を観ています。ワタシの座った席でからはほぼ女性側の表情だけがみえるような位置。わりと座ったままのシーンが多く、拗らせた人格に造形された表情のさまざまが楽しく、ちょっと切なくて。 シンプルなワンアイディアで押し通す話だけれど、あえてタイトルのアレルギーと言う言葉そのものは使わず、男性を信じられないぐらいの抑えた言葉にとどめているのが上品な感じ。その先はいいと云われているのに、手をつなぐことにこだわる男の側の事情もまたコンプレックスの手汗という要素。同じコンプレックスの要素だけれど、男は克服を、女はそうなる事態を避けたいという方向の違い(コンプレックスがそもそも異なるのだから男女の差ではないけれど)が、手をつなぎたい、つなぎたくないという対比になっていてきれいにまとまっています。 日曜日 女はもっと先も嬉しいが、したことはないからどうなるかは実はわからない。拗らせてる。一度は過剰な反応だったが、アルバイトを辞めるという女を説得したくて男はもう一度呼び出す。男は自分の臭い、汗を気にしている。アルバイト先でも避けられていると思っているが、この女だけは普通に接してくれるのが嬉しい。だから付き合いたい。女は付き合いたいという。 -->

「日曜日〜」は、痴呆が始まっている老人の記憶が呼び戻されるきっかけ。コーヒーの香り、ポテトの匂いなどから女の子への告白、バカをやり合う友達とのくだらない日々、辞典の香る図書室。年齢が高校生から中学、小学生とさかのぼりつつ描かれる回想の日々。その先に思い出したのは、たぶんもう忘れていたけれど、あの時に失われた幼い命の存在。自分の心の中にわだかまっていたであろう人の存在が、尽きつつある老人の寿命に寄り添う優しい瞬間。物語そのものは最後の一つの回想がつながるだけなのだけれど、思い出せなかった奥底の記憶にたどり着く課程を見せている、ということなのかもしれません。

正直に言えば、繰り返される老人のシーンと、それぞれの年齢なりの回想のシーンの行き来でいちいち衣装やカツラの転換に手間どってしまってリズムが寸断されうのは惜しい。口調など役者の力を信じてせいぜい小道具一つぐらいでスマートに行き来して欲しいところ。 この回に設定された手話通訳の手法にちょっと驚きます。手話通訳。それぞれの人物を演じるように、表情を作ります。台詞だけではなくて、聞く側の無言、心の中の疑問符やとまどいが明確に表情になるのはちょっと面白い。実際の登場人物の表情よりももっとストレートに秘めたる感情を描くのは踏み込みすぎともいえるけれど、これはこれで面白い。 手法としては落語みたいな楽しさもあるのです。 -->

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【芝居】「落ちるな中学生」FunIQ

2017.10.27 19:30 [CoRich]

105分。29nitiまでito M studio。

中学生の女子たち。イケてる二人とダサい五人で親しくなかったが修学旅行で告白しフられたことをきっかけに仲間になっていく。 健康診断の恥ずかしい気持ちだったり、三者面談に親が来て照れくさかったり、どこの学校にいくのか、何をしたいのかここで選ぶことは将来にわたって重要だといわれても。

リングというには余りに低く、簡単にまたげるぐらいに低く四角に組まれた鉄パイプ。いい歳をした男性の俳優たちが演じる中学生女子。かわいらしさよりは少々グロテスクだったりはするけれど、芝居が進むうちに見慣れてくるのがちょっと不思議な体験なのです。

モテてるグループと、ちょと幼くダサいグループ。もうこの年齢でも可愛い可愛くないが明確にモテとか友人関係に強く関係し始めるのもまた事実という微妙な年代。とはいえ、スクールカーストの話かと思うとそうでもなくて、中学生という設定が絶妙で高校生ほどスクールカーストが固定しておらず、異質なグループでもまだ溶けあるようなぎりぎりの線を描くのです。

男の医者が身体測定に立ち会うなんて信じられないという潔癖さと、でもちょっとイケメンだよという盛り上がりの少し背伸びした感じ。あるいは初めての告白と失恋という場を共有して強くつながり。彼女たちにとっては奇跡のような瞬間で、グループになるとはぜか発生する同調圧力、違和感を感じてそこを去るものもいて、グループの形が徐々に変化して。そこで最後に残った数名は早送りのように急速に歳をとりみな死んでしまい、しかしその先もあるかも、というのはちょっとファンタジーかもしれないし、そこまで拘束しなくてもよかったかもしれないという言葉もちょっといいのです。

中学生に聞いたわけではないだろうけれど、ライターの仕事も増えている作家が女たちに続けているインタビューの、もしかしたらその奥底にこっそり眠っているそれぞれの「女の子たち」の存在を感じ取り、造形しているのだという気もします。当事者たちにとっては、あるあるかもしれない様々のディテールを、あえて男たちが演じることで相対化というか、客観的に物語として見えるようになるということも巧いなと思うのです。

一部の会話で、しゃべる言葉とは別に、喋り手も聞き手も心の中にしまって発しなかった言葉を紙にして張り付けるのはちょっとおもしろくわかりやすい。ここまで親切に語らなくてもいいとは思うものの、そのときのそれぞれの役者の表情のコントラストもおもしろいのです。

男子中学生を演じた貴瀬雄二、可愛らしくシャイな感じも美しく、ぐぐってみればイケメン俳優。なるほど。ちょっと凄いもの観た、というぐらいに印象的。姉を演じた立川せりかも美しく、女子高生という役らしくちょっと年上のお姉さん感、ちょっと色っぽく。

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2017.11.04

【芝居】「見果てぬ月」文月堂

2017.10.21 14:00 [CoRich]

29日までMOMO。120分。

絵本作家、スナックのママ、青果市場のアルバイトなど何人もの女が結婚詐欺に遭っている。依頼を受けた探偵は調査をすすめるうち、ある家事代行業者に関わりがありそうだということを突き止める。

序盤、ごく短い会話をぶつ切りにした点描。なかなかリズムという点ではもたつく感じがしますし、 やけに不倫と妊娠と愛人が全体の割合の中で多すぎて、属性として類型的でやや混乱するアタシです。 徐々につながりがみえてきて、物語が転がり始める中盤になるとぐっと安定感。サスペンス仕立てではあるけれど、わりと早い段階で家事代行会社と結婚詐欺師の繋がりは提示されるので、謎解きのおもしろさで語る物語、というわけでもありません。

女たちそれぞれの苦悩は、外乱によるものだという感覚を感じる物語の構成。 青果市場の女は兄を亡くし、しかし寄り添えると信じられるようになっていてちょっと夢見がちでもあって。その友人で家事代行業者に勤めDJをしている女はそのきっかけを作った責任を感じ。うぶな絵本作家もまた同じ男に騙されていて。 美人姉妹と結婚詐欺師がたどってきた人生を語りたいのか、とも思うけれど、正直に云えば騙された側と騙す側の物語が少々遠くて、それぞれの物語が独立していて、それほどつながりが無いのが惜しいと思うのです。

牧座内みゅーじは、生物学の兄のコミカルで高いテンションが楽しい。 牧野耕治は、電気屋の男の片思い、知り合いの息子への優しい視線、近所のオジサン、という距離感を絶妙に演じるちから。

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