2017.02.19

【イベント】「かけみちるカデンツァ」(月いちリーディング / 17年2月)劇作家協会

2017.2.11 18:00 [CoRich]

横浜で二回目となるリーディングとブラッシュアップの議論のイベント。YouTubeで録画が配信されています。

赤いカーディガンを着た女がボトルメールを海に流すとゴカイが現れる。ボートピープルがその浜辺にやっとの思いでたどり着く。
住宅展示場ではいろんな不思議な間取りがたくさん。観葉植物を育てる女。コールドスリープで何万年もかなたに旅をする一団、たったひとり精神だけが早く覚醒してしまった女の孤独な旅の前途。
一人の娘に二人の母親、一人は失った娘を忘れられず、一人はいないはずの娘を追い求めているが、娘は 夜中に家を抜け出して居場所をもとめて暴徒ピープルの中に身を投じる。

膨大な言葉遊びと思わせぶりな断片、いくつか設定された場面の断片を細切れに繋いでいます。正直に云えばリーディングだけでは徳に前半は言葉遊びで紡ぐスノップ臭さを感じて入り込めなかったアタシです。ディスカッションでも指摘のあったとおり、後半に急速に物語を紡ぐような感じはあって、アタシにとってはディスカッションのあれこれを聴いてみれば楽しめる、という敷居の高さがありますが、作家自身はこれでももっとも判りやすい一本なのだといいます。

身体がいわゆる植物状態となった少女の頭の中、というのが物語のベース。頭は明確に働いているけれど外で起きていることは判らないし、自分の意思を表現することもできない状態で、一人で物語を紡ぎ続けること。いつ終わるともわからない膨大な時間の絶望は宇宙船のコールドスリープの物語につながります。二人の母親のシーンはワタシには明確ではなくて、外で現実に起きていることなのかあるいは少女の頭の中で考えたそとのことなのか。植物、ということの連想からは住宅展示場と観葉植物の断片が語られます。振り返ってみれば断片それぞれには意味がありするすると繋がっていきます。元々の企画が女優ばかりで人数を指定した企画公演に向けて書かれたものだそうなので、登場人物の人数も物語に対して少々多い感じがしないでもありません。

手強いホンに対して、ベテラン勢で固められた俳優陣。台詞の言葉や声色の力強さを見ているだけで楽しめるという一面は、贅沢な楽しみ方なのです。戯曲は読んでおいて、当日の朝からの練習だけでこのクオリティ、ということの心強さなのです。

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2017.02.16

【芝居】「ドーナッツ◎ホール」BOCA BoccA

2017.2.11 14:00 [CoRich]

12日までOFF OFFシアター。

かつて教会に併設されていた宿泊施設。今はもう使われていないが、かつてこの場所で暮らし生活を立て直した若いシングルマザーや近所の居酒屋夫婦、警察官などそのころの知り合いたちが今も時々集まっている。行き場のない女が教会を訪ね、牧師は一時的に泊めている。
ある日、居酒屋夫婦が息子の20歳の誕生日パーティを開こうとみんなが準備をしていると、包丁を持った女が押し入ってくる。今朝死亡した女がなぜ殺されたかを聞きたいと、警察官に迫る。

小さなコミュニティ、そこに寄り添いあう人々。序盤ではわかりやすくシングルマザーはこの場所に守られた人として語られます。死んだ女もまた少し前にここに出入りし守られ、押し入って来た女も恋人を失った喪失感をここで少しだけ埋め、謎めいた女もここを宿り木にして羽ばたくのです。非難されることなく守られる場所、現実にはちょっと難しいような全面的に受け入れられる場所がここにはあるのです。

居酒屋の夫婦は少し色合いの違う雰囲気を持ちます。言葉というよりは叫びに近い言葉の多い妻と、翻弄されつつも見守っているような夫。息子の誕生日パーティのはずだけれど息子は現れず、翌朝を迎え、息子はすでにこの世にいないことが知らされるのです。大切なものを失い空っぽになった二人もまた、このコミュニティに守られているのです。

物語としてそう突飛ではなくて、それぞれの人物を描くという感じ。 警察官を演じた安東桂吾はまっすぐでかっこいい落ち着いた役が続き、すっかりいい男のキャラクタへ。夫を演じたちゅうりのアコーディオン演奏はかっこよく、優しい視線もまた年輪ゆえの厚み。妻を演じた川崎桜は少々荒削りなキャラクタだけれど、高い身長とあいまっての迫力。謎めいた女を演じた山本珠乃は体型がそのままでるようなチューブのワンピースが色っぽく、そしてかっこいい

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【芝居】「鯨よ!私の手に乗れ」オフィス3○○

2017.2.5 16:00 [CoRich]

80年代小劇場の香りを存分に、その時代を牽引してきた劇団の女優たちを揃えて上演する120分。5日までシアタートラム。

入居者のほとんどが認知症の介護施設。東京で演劇を60歳まで続けてきて今でも忙しく暮らす女・絵夢が突然取れた休みの合間に入所している母を見舞う。食器や部屋の細部にまで細やかな暮らしをしていた母親が施設で規則に縛られて暮らすのにショックを受け職員たちに不満をぶつける。同じ施設に入所していたり、職員として働いている同世代の女たちは、母親も含め40年前に解散した地方劇団のメンバーだったが、主宰が行方不明になり上演できなかった最後の作品を再びつくりあげたいと約束し、かつて稽古をしていた古い工場の跡地に建てられたこの介護施設に入所している。
その幻の作品は、南洋の島の子供たちを救う病院船の物語だった。主宰が書いた物語だった。その結末は認知症患者に上演させるのは忍びないと台本を介護士が破り捨ててしまっている。結末を自分が書くと、絵夢はいいだす。 病院船の危機を救う国境なき巨大潜水艦・ブルーホエールの幻想は、母親が子どもの頃に見た巨大な鯨の姿煮重なり合う。

ワタシがリアルタイムで観ていた世代ではないけれど、青い鳥、ブリキの時発団、NLT、東京乾電池、劇団四季と蒼々たる面々の女優たち。渡辺えりらしい、現実と妄想の間をするりと行き来するファンタジー仕立ての後半だけれど、前半では老いて記憶が怪しくなり、介護はされているけれど「きちんとした生活」を自分で送れなくなっている母親のこと、あるいは自分もまた還暦を迎えて若くはなくなっているというおそらくは作家自身の現実をベースに描きます。この二つを繋ぐのは、かつては演劇を志し、あるものは成功しあるものは演劇を離れて暮らしてきた女たちのここまでの人生、さらには認知症ゆえの妄想のファンタジー。

現実パートでは、老人ホーム自体の入所待ちが長いこと、今は寝たきりで出ている父親の年金を合わせたおかげでこの介護施設に入ることができ、弟夫妻の共働きの生活も、あるいは東京で還暦にもなって蓄えもなく演劇で暮らしている女の、絶妙というより綱渡りなバランスでなんとか成立している今の生活が示されます。それは今の日本で老いていくことの現実を描き出すのです。それは作家の経験かもしれないし現在の日本が抱える現実かも知れません。それでもまだ元気ならば働かなければいけないのもまた現実で。

後半のファンタジー仕立てのシーンは、認知症の役者たち、というベースの上にそれぞれの女たちのこれまでの人生を描きます。それは決して華やかなものばかりではなくて、出征兵士の慰み者として自分を売った母親だったり、出稼ぎに出たまま音信不通となった母親だったり。わりと深刻な背景だったりもしつつ、 時にタップダンスや、ミュージカル風に歌い上げたり、屋体崩しだったり。芸達者な役者たちがそれぞれのフィールドで、それはまるでショーケースのようなのです。

インタビュー記事によれば、作家自身の投影という役を担うのは座組では若い桑原裕子。還暦という設定は流石にご愛敬な感じではあるけれど、ブルドーザーのようにパワフルで、正しいと思うことに一途な造形はたしかに作家に重なり、ベテラン勢とキッチリ互角で、それこそ高校生の時の舞台から見てるアタシには、思えば遠くに来たもんだ、な気持ち。ピンチヒッターで母親を演じた銀粉蝶は必ずしも彼女の背景をもった役ではないけれど、ちょっとしゃれっ気と存在感。その義理の娘を演じた広岡由里子はとぼけた毒が存分な役で奥行きを持って描きます。タップなどダンスがキレる坂梨麿弥も印象的。

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2017.02.15

【芝居】「月ノ原中学校音楽準備室」(再演) ブラシュカ

2017.2.5 13:00 [CoRich]

田舎の中学校の音楽準備室とそこを利用する合唱部の人々をめぐるゆるやかにつながる短編集。90分。5日までシアターミラクル。

中学時代の先輩の葬式を合唱部の卒業生たちに知らせる一斉メールで再会したふたり。一人は地元に残り一人は東京のNPOで働いている。親友だったが、東京に出てから連絡を取っていなかった。久々に夜通し話した二人、長い手紙を書く。「面と向かって言えないけれど2」(作演出 上野友之)
地味な同級生を誘って合唱部に入った女、部誌とはいいながら事実上小二人の交換日誌のようなやりとり。アカペラの夢があって、三年の文化祭を目指している。部長となり表では明るく振る舞うが、グチや文句もそのノートには書いていて。「合唱部部誌」(作演出 登米裕一)
その中学で一人も友達が居なかった女、人気のサッカー部男子は自分とは関係ないと思っていたが、いたずらを教師に咎められた目は印象的だった。大人になり旅をすることで自分を保っていた女は旅行代理店で働いている。ある日あのサッカー部男子が客として訪れるが片腕になっていて地味になっている。二人はつき合うようになるが、彼は昔の恋人を忘れていない。その女の葬式がある、と連絡が届く。「フナムシ」(作演出 藤原佳奈)

三つの短編は中学校のある数年の在校生たちの物語。二本目で恋人を得た女の葬式が三本の物語を貫いていて、一本目は葬式をきっかけに再会したかつての親友の云えなかった恋心。二本目は部活の友達だけれど、同じ男に恋してしまった二人の長い間の癒えない心。三本目はそのかつてはモテて居た男の鬱屈とそれによって恋人になった地味だった女というぐあいにつながるのです。

「面と〜」は中学生のときと大人になった現在の同じ人物を二人の役者がそれぞれ演じ、メールもしくはLINEのオンラインの会話だけを徹底するスタイル。二人が会って話したシーンをばっさり切り落とし、別れてからのお礼のやりとりを語ったり、時間軸の変化を役者の入れ替わりで示すなど独特のリズムを生み出しておもしろい。「言えなかった」ことが何なのか自体はわりと早い段階で見えてしまう気もするけれど、今はそれぞれが今の状況と気持ちで人生を歩んでいるけれど、あのときそうだった、ということが見えてくるのはまた、大人の気持ちを丁寧に描く物語なのです。

「〜日誌」もまた、日誌に書いた交換日記というスタイルを随所に取り入れます。ただ、こちらは必ずしもスタイルとして徹底しているわけではありません。部活に熱心に取り組むようなポジティブな気持ちと交換日記の女子中学生っぽいある種の浮かれっぷりの語り口だけれど、その表面の明るさの内側に潜んでいたものがあからさまになる落差がいいのです。 埋没しそうに地味だった彼女を拾い上げたのに、私が欲しいものを彼女は持って行ってしまうという、同じグループの中でもあるスクールカーストの序列がわっと見えてくること、中学生の頃の些細な恋心のすれ違いを許せないままにこの年齢になってしまったこと。

合唱部ですらない地味に生きてきた女の一人語りのスタイルをとる「フナムシ」は、大人になりかけている女子が自分には手に届かないとあきらめている人気者に心動かされる序盤と、そんなことはついぞ忘れていた大人の日々に自分よりは明らかに卑屈な弱者になった男に再会し微妙な力関係で恋人となる中盤、それでも男の中にずっと居続ける女がいることの落胆と、しかし生きている二人はそのある種のあきらめを抱えたまま生きていくのだろうなという終盤。佐藤みゆきはこんな短い物語なのに、女が変わっていくことを見事に描くのです。

かつてその学校の音楽教師で合唱部顧問だった女がMCのように三つの物語の幕間をつなぎます。それぞれの物語は静かでどちらかというとシリアスな語り口なのに対して、日誌をこっそりのぞき見たり、ケツアゴ板前に猛烈な恋のアタックをしたりとコミカルさを強く押し出したスタイル。好みはありましょうが、緩急というかリズムがついて私にはちょっと見やすくてうれしいスタイルなのです。演じた小玉久仁子の力量を存分に。

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2017.02.10

【芝居】「ひとり」年年有魚

2017.2.3 19:30 [CoRich]

3年ぶりリブートなのに2017年中の活動休止を決めた年年有魚の企画公演。115分。5日までRAFT。

トイレ掃除のパートをしている女、鼻歌交じりでの仕事の途中、かつての恋人に再会する。「しあわせ芝居」(トツカユミコ)
ウサギを追い穴に落ちた女の子は不思議な世界に迷い込む。みんなが椅子に座り窓のような箱を見ていたり、赤い口紅の女にお茶会に誘われたり、ジンジと名乗るイケメンの男に声をかけられたり「わたしの国のアリス」(前有佳)
一人部屋に居る女、スマホや本を見ながら、のVR体験「暗渠」(平田暁子)
20分ぐらいで語る林芙美子の『放浪記』。「235」

三人の女優による一人芝居三つに、一人芝居を三人による言動分離+ト書きに分けて演じる芝居一本で構成。合間にスケッチブックに書いたタイトルを見せるシーンを挟みつつ。

「しあわせ〜」はおそらくはパートでトイレ掃除という仕事の日常を暮らしている女。たぶん鼻歌交じりでやるぐらいには不満はなくてという日常に突然紛れ込む、若き日の恋人。男子トイレという設定が絶妙ですが、それが前半では「個室」の酔っぱらいを介抱するパートでは性別がいまいちわからずもったいない。かつての恋人との突然の再会パート、その心の動き、とりわけ「コンサル」という無理筋な見栄の張り方のズレ方が切ないのです。

「〜アリス」は今作の中でもっとも(とりわけ)テキストとして力作と感じます。穴におちた女から見えた世界がとても不思議と女は云うけれど、通勤してオフィスで仕事をし、という日々のこと。日常で当たり前と思う小さな理不尽を執拗に、しかしあくまでファンタジーとして描き出す力量。正直にいえば、物語全体が日常が違って見えてしまった女、精神疾患を患った女の視点、と見えなくもなくて、ちょっともやもやする気持ちが残るのは、まあアタシだけかもしれません。

「暗渠」は無言劇のスタイルで、「ちつトレ」なんていう本を小道具に使ったり、かきまぜたヨーグルトをつけたスプーンを腰の高さに手で固定し舐る、というかなり下世話に寄せた演出になっています。身体のくねる感じであったり、劣情が刺激されまくるアタシです。ショーケース的な女優の魅力が存分に見えるけれど、芝居なのかということでは少々微妙なアタシです。

「235」は、次回公演で予定している一人芝居を、動き、台詞、ト書きという三つのパートに分離した言動分離スタイルの濃縮編。しっかり放浪記なのはわかるけれど、このやり方だと誰が、とかどういう演出か、というあたりがポイントになりそう。

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2017.02.09

【芝居】「This is 30」シンクロ少女

2017.1.29 19:00 [CoRich]

2015年初演、 2016年再演(未見)作の三演め。この季節の風物詩になりつつある80分。 29日までスタジオ空洞。

30代になった三兄弟、長男は妻を亡くしたシングルファザーだがだめ男、次男は小説家を目指していて、 三男は金融で稼いでいる。かつての次男の恋人と結婚することになった三男が兄弟を集めて報告がてらのドライブ。 枠組みはそのままだけれど、 一人登場する女優を毎回変えているようで、初演は作家自身が、今回は宮本奈津美が。今回さらに、次男と三男を入れ替えて、細部、とりわけばかばかしい雪中行軍(口三味線)の曲を替えています。

劇団だからできるさまざまなバリエーション、思い立ったようにどこでも公演が打てるようなポータビリティ。あちこちでちょっとやってみる、なんてのも面白そうだと思ったりもするのです。基本的には爆笑編なので敷居も低そうだし、いろんな人々に演じてほしいと思ったりもするのです。

私たちの日常の延長線上の物語。だからこそ気楽に上演して、気楽に見に行きたいなぁと思うのです。

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2017.02.08

【芝居】「銀杏(シルバーアプリコット)はだれのもの」空飛ぶペンギンカンパニー

2017.1.29 15:00 [CoRich]

横浜の劇団。ワタシは初見です。29日まで100分。青少年センター多目的ホール。

静かで小さな町の神木に宿る妖精というキャラクターのバーチャルアイドルがネットで評判になっているがその作者は明かされていない。地域振興に役立つと目を付けた役場の職員は神木をめぐる町の祭りの目玉にしようと考える。
神木を代々守ってきた宮司はその周りでコスプレ撮影をするファン苦々しく思っている。いっぽう古くなり朽ち始めている神木をめぐり補強工事を請け負いたいと考える造園業者はその隙につけ込もうとする。

アニメやドラマで聖地とされるモデルとなった場所のツーリズム。面白いと持ち上げたかと思うと手のひらを返したようにdisるファン、その人気を利用したい大人の事情や地元の戸惑い、その作品を作るクリエイターの純粋さとその後のバランス。ニュースやネット周りでその喧噪や混乱や思いを目にはしていても、それを問題意識として取り上げ、どちらの側にも斟酌しながら物語として作り上げたという意味では作品の見え方とは裏腹に割と社会派な印象。どこにでもある問題ではないけれど、おそらく日本の(もしかしたら世界中の)あちこちで起きているかもしれないことを現在の私たちの視座で丁寧に作り上げているのです。

面白いものを作りたいという一心で作ったボカロ動画が人気を呼ぶ。それを作った男は日常生活では地味で目立たないけれど、その作品をすてきだと云ってくれたのが職場の憧れの先輩だったり、あるいは眩しいぐらいに社長業をこなしている同級生だったりという主人公のポジション。あるいはその土地で神木を守ってきた母親とそれを受け継ぐことを定められた娘。あるいは地元は好きじゃないけれど戻ってきて結婚して地味な日々を送ること。地元を好きだと思う気持ちもこの土地を嫌いだとおもう気持ちもないまぜにしたのも巧いアングルなのです。

ネットと現実の境界領域で起きた小さな事件は、一足跳びに個人の危機があっという間に拡散するという私たちの日常と地続きになったもう一つの現実もきっちりと描き込みます。金をとれるところから嘘をついてもとってもいいという旧来の価値観と、若社長が信じることの衝突というのももう一つの社会の現実。

どれか一つでもわりと社会派な話題だけれど、いろんなそれぞれを矛盾無くまるで弁当箱のように詰め込んだのは作家の手柄でしょう。田舎の狭いコミュニティという舞台を逆手にとって、たとえば造園業の娘のようにコスプレ側と地元側の役割を背負わせて人数をあまり増やさないのも結果的には成功しています。

ボカロ作家、工務店の若社長、神社を受け継いだ娘、明確に次の世代へのバトンが渡されたことを示すラストシーン、すがすがしいほどに大団円を感じさせ、次の世代が本格的にスタートしたことを明確に示していて、わかりやすくてかっこいい。

当日パンフは配役とそれぞれの関係をチャートで見せていてわかりやすい。物語のキモとなるいくつかの関係を載せないけれど、それなりに近い位置にかいてあったりして巧くできています。

バーチャルアイドルの中の人を演じた山之口晋也は地味だけれど想いを秘める男をしっかり。その憧れの先輩を演じた善村彩代はどこまでも前向きなヒロインらしさ。真っ直ぐな同級生を演じた菊本亘孝、清濁あわせもち老練な先代社長を演じた佐藤高宏も魅力的。ほぼ一人ヒールを担う宮司を演じた石田亜希子は芝居全体の雰囲気に対しては難しいポジションだし若い役者だろうと思いますが、ここをしっかりと踏ん張っていて物語が締まる気がします。

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2017.02.04

【芝居】「ミ シ ン」演劇裁縫室ミシン

2017.1.28 14:00 [CoRich]

ナンセンスコメディが持ち味の劇団ですが、「年齢相応の」「女性の会話劇」だと当日パンフで謳う115分は、劇団名をタイトルにした一本。29日までピカデリーホール。

東京にオリンピックの頃小さな町でスナックを営む母親。長女は中学も中退して部屋でミシンを踏み下請けのタグ付けなどをしている。スナックにでている次女はそんな長女のことを鬱陶しく思っている。町の洋品店の息子が東京から戻り長女の服飾の腕を見込んで洋服を発注する。
20年経ち長女の服は町で評判になっているがそれを長女は知らない。田舎を嫌い家出同然に東京に出ていた次女は子供を連れて出戻り、娘は高校生になって、長女のミシンに興味を持つ。地元の不動産屋の二代目は商売がうまくいかず、起死回生をねらった南アルプスの土地を長女に売りつけた直後にバブルがはじけ長女は借金を背負い、偽ブランドの洋服を作っていたことがばれて仕事も失う。
コミカルな風味を随所に残しながら、50年にわたる一人の女性と周りの人々を丁寧に紡ぐ物語は大人の語り口。 オリンピックと万博に沸くけれどその余波が届かない田舎町、それからバブルとその崩壊を経てのごく最近。50年の日本をたった三つの時間で、一人の女性の人生を背骨にして描くのはワンアイディアだけれど、巧い。

イキオイで押し切ったりエンタメな爽快感というわけにはいかず、静かな語り口の芝居なので、役者に求められる技術が数段難しくなっているのは事実で、正直にいえば役者の技術ひとつで、もっと重厚かつ奥行きが出る予感があります。それでも要所要所に仕込まれたコミカルを巧く舞台のリズムして、全体をフラットな雰囲気で語りきった舞台の魅力を創り出すのは作演と役者たちの功績で、劇団がさらに大きな一歩を踏み出したという期待を持たせるのです。

もっとも、ばかばかしく中二のようなギャグ満載の、これまでのミシンのイキオイ結構すきだったりするので、それぞれにレーベルでも付けて両方の路線をこれからもやってほしいな、と、観客のアタシは気楽なものですが。

舞台はフローリング風味の木材で組まれた回転舞台。中央に固定された枠をくぐり二つの部屋を行き来するというごくシンプルで美しい装置。足踏みミシンやカウンターを模したテーブル、店の外にある数段の階段など、舞台を回転させて視点を変え、シーンの切り替えもスムーズでかっこいい。かっこいいといばオープニングでの役者紹介を兼ねたプロジェクションマッピングなビデオもまた彼らの持ち味なのです。

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2017.02.01

【芝居】「ユー・アー・ミー?」ラッパ屋

2017.1.22 17:00 [CoRich]

すっかり年齢を重ねた人々と会社の話、という路線が定着した感のあるラッパ屋の新作。東京千秋楽。 110分。22日まで紀伊國屋ホール。そのあと宮城。

アイディア商品の開発で大きくなった会社。営業部長はもはやお飾りでメールも読まず、スタバもPCもいまいちで部員たちはお荷物扱いしている。
かつては忙しくてものんびりした感じはあって、学生の延長線のように夜遅くまで半ば遊びながら仕事をしていた会社だったが、社長が代わり、社風が効率を重視するように変わって随分経っている。あの時一緒に楽しく仕事をしていた同期や後輩は次々と会社の変化に合わせて「キャラ変」してできる会社員になり、スタバのコーヒー片手にPC片手にカタカナの単語で会話している。
ある夜、自分もキャラ変したできるサラリーマンになって目の前に現れる。一度はその応援で変身できるかと思ったが、気がついたらそのキャラ変が自分にとって変わって働いている。他の人々のキャラ変前の、かつての懐かしくダサい彼らも目の前に現れて。

キャラ変更というかなり無茶なSF的な設定はあからさまにファンタジーだけれど、そうなれたかもしれない自分、あるいはそうなれなかった自分を対比してみせる巧いアイディア。登場人物の殆どがキャラ変する設定で、それぞれの人物の対比を見せる中盤あたりは誰もがそうなんだ、ということを表そうという意図はわかるものの、正直にいえば、少々中弛みする感じがあります。イケてる彼なり彼女なりのイケてなかった頃がこの役者、という少々残酷な配役になるのが、楽しかったりはするのだけれど。

ラッパ屋は観客も役者も中心となるのはもう五十代、会社の中でイケてる人もイケてない人も、もう今さらそうそうキャラ変できるでもなく、このままの感じで会社員生活を終えるのかなぁが見える世代。そうはいってもバブルも経験し会社員人生楽しかったをほぼ全体が感じていた逃げ切り世代ですから、これ自体が既にファンタジーではあるのだけれど、ワタシもその残り香ぐらいは感じる世代なので、その楽しさを思い出すようで楽しい。

イケてる奴らを追い出して楽しかったあの頃の雰囲気で笑いながら仕事というお花畑を一度は見せるけれど、もちろんそれじゃ会社は続かないわけで、イケてる奴らがもう一度戻ってくるのです。もう後戻りできないように会社も世間も自分たちも変わってしまったのだほろ苦く、しかし現実へのソフトランディングという感じで優しい視線なのです。

イケてない営業部長を演じたおかやまはじめは語り部も兼ね、しっかりとメインを背負います。イケてる方に行かないという頑固さもちょっとコミカルに造形されていて楽しい。その対となるイケてる営業部長を演じた松村武は威圧感すらあるデフォルメされた造形でこれも対比となって楽しい。同じように弘中麻紀と岩橋道子、大草理乙子と谷川清美、宇納佑と木村靖司の対比も絶妙に雰囲気があっているところもある、と思っちゃうのは衣装や演出かなぁと思ったりもします。

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2017.01.30

【芝居】「エキスポ」トローチ

2017.1.22 14:00 [CoRich]

道学先生で2001年初演作(未見)、劇団外での上演も多い人気作。ワタシはハイリンドによる2012年の上演を観ています。 135分。29日までRED/THEATER。

宮崎の田舎町、食堂と連れ込みで昼夜働きづめで亡くなった母親の通夜、父親も息子も使い物にならず、二人の娘も口ばかりで長男の嫁が仕切っているけれど、弔問客がどこの誰かも判らないなか、母親が抱え込んでいたであろう日記帳の秘密やなぜか一人分足りないまま申し込まれていた大阪万博旅行など、いくつもの謎やきっかけを仕込んだ物語。家族どころかその町の多くの人々が亡くなった母親のことを好きで感謝しつつも頼っていたのだということが描かれるのです。

ハイリンド版ではシンプルにシンボリックに作られたセットやスクリーンを使った投影で万博の風景を描き出しますが、今作ではセットはしっかりと建て込まれ、最後の万博の風景の描写もテレビを観ている一人、という余韻を強く残すのです。

役者の顔ぶれも演出の方向も随分違う気がするけれど、物語は実に強固で揺るぎません。少々登場人物が多い気はして、もう少し絞り込んでも良さそうな気はしつつも、2時間を超える上演時間がまったく気にならないぐらいにぐいぐいと引っ張るのです。

2012年の時点ではあまり気にならなかったけれど、2016年のワタシには1970年の地方での同性愛の置かれた厳しさがより強く感じられます。どちらかというとコミカルな描かれ方なのは現在の芝居としては少々気になるけれど、初演のわずか16年前からの感じ方の変化かと思ったりもするのです。なかなかこの題材は古びずに描くのは難しいところだけれど、それをも優しい視線で支えて居た、という物語の根幹の強さはここでもむしろより印象的なのです。

何もかも仕切る長男の妻を演じた小林さやかは、よそからやってきて働きづめ、登場しない母親の姿をどこか思わせる厚みのある役をきっちりと演じきります。出戻った長女を演じた浅野千鶴もまた居ない母親の親しみやすさの一面を醸し出します。象徴的な大正琴のシーンも実にいい。 長女の同級生でしっかりとした葬儀屋を演じた永山智啓、ちょっと軽くてしかし押さえるところは押さえて。長女が一瞬恋心を抱くシーンがよくて、格好よく、それを悪意なく結婚してるといなす軽やかさも実にいいのです。 正体不明で酔っ払い続ける男を演じた、山口雅義は笑ってるのに不穏さがにじみ出るという役、実に巧く。 東京に出たい三女を演じた納葉、可愛らしく負けん気強くて。

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