2018.04.19

【芝居】「焔~ほむら~」JACROW

2018.3.31 19:00 [CoRich]

2015年作から繋がり、電池メーカーと自動車メーカーを舞台に仕事を巡る物語。

電池メーカーが2年かけた改良で400kmを達成した電気自動車だが、会社は500kmの仕様での発売を決め、さらなる改良を電池メーカーに求めるが、改良は思うように進まない。元請けの担当者はその要求が無理なことをわっているが決定は覆らない。上司は契約をタテに不履行の行方を脅す。
下請けである電池メーカーの宇都宮の工場、設計は懸命に頑張るが本社からの出向が上層を固めプロジェクトの必達という結果だけをメンバーに求め、忖度して測定データの偽装をしないかと持ちかける。

物語は測定データの偽装がどうなされたかを、取引会社間、会社の親子間、上司部下といういくつかのパワーバランスの間で描きます。 開幕は記者会見で頭を下げる人々、その偽装がバレたところだけれど、物語の骨子はそこに至るまでのそれぞれの正義と事情。 現場の技術者がやむにやまれずやってしまったこと、というよりは幾重にも折り重なった構造の問題としての力関係と忖度によって起こった偽装。パワーバランスによってできることになってしまうことと、(少なくともこれらの会社には、時間軸含めて)技術的には無理なことが混同されていること。ここまであからさまにダメなやりかたはそうそうないだろうけれど、それでも、そういう要求とそれが達成されないときにどう振る舞うか、ということはワタシだって、状況がコレならばそうしてしまうかもしれない、というぐらいのリアリティが怖い。

親会社子会社それぞれに、産休あけと産休に入る二人の女性が居るのももう一つの構造。親会社の産休あけの女性にはバツイチで上昇志向の強い女上司という関係でパワハラを、産休に入る女性はその理不尽さに対して会社を辞める選択の凛々しさを対比して描くのです。

現場と親会社をつなぐ唯一の理解者であるはずの男もその思いは聞き入れられず、会社をやめ、仕事をともにしてきた子会社で冷や飯を食う男の許へという終幕は切なく、しかし人々の想いの希望なのです。

元請けの車メーカー、元エンジニアで女性初の役員と目される部長を演じた佐々木なふみは、ヒールで居続け、しかも負けずに歩む力強さ、彼女もまた働く現場の現実。部下だが実は恋人を演じた芦原健介はイラッとさせる口調が絶妙で、こういう人居る、みたいな。現場の側だった筈の次長を演じた谷仲恵輔はふわふわと、しかし自身の出世が決まれば会社側に寝返るのもありそうなはなし。下請けで産休に入る女性エンジニアを演じた堤千穂はふわっとした雰囲気だけれど、正義を通す凜々しさ。 プロジェクトリーダーとして下請けに赴く男を演じた菅野貴夫はギリギリのところで頑張る正義に手に汗をにぎらせる力。下請けの電池メーカーの技術者を演じた小平伸一郎との二人の終幕が実に美しくて、希望に溢れるのです。

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2018.04.17

【芝居】「高校演劇マルシェ」高校演劇マルシェfeat.劇作家女子会。

2018.3.31 16:00 [CoRich]

劇作家女子会の作品を高校演劇部が上演する企画公演。約60分を二本というのも高校演劇らしいフォーマットで。3月31日まで、中野あくとれ。

通信・定時制の高校文芸部・ドラマ班。なかなか学校に来なかったりピアスまみれだったりする生徒たち。地区大会で上演したシリアルキラーの話はさんざんな評判で審査員は作品以前にその戯曲を選んだことを詰られ、審査員も世間も自分たちを向いていない、と感じる。「※この高校4年生はフィクションです。」(作・モスクワカヌ 上演・大阪府立桃谷高校文芸部ドラマ班」
上品の校風で知られる高校で評価を貶めるとして虐げられるオタク達の死闘「絶対恋愛王政」 (1, 2)(作・坂本鈴 上演・岩手県盛岡市立高校演劇部)

現実に彼らが通う高校を実名で舞台にして、学校に通えなくなった生徒たちが転入してくることが多く、いわば「普通だと思われる道」からはドロップアウトしたと感じている彼らの物語。おそらくは実際に上演された「だるまかれし」(1)にまつわる審査員のことも実話(フィクションだけど)で、高校演劇の上演では「等身大」の自分たちを語るような物語を求められるけれど、それは審査員や大人たちの考える「ぼくの考えた最高の高校生」ということであって、求められる「普通の等身大」にたいしての大きな反発が物語を駆動します。

おとなたちが等身大だという世界ではいじめや挫折も克服されたり解決されるけれど、神も仏もない自分たちの現実はなにも解決されないし、世間は自分たちに向き合っていないと感じているという世界観。前途洋々の青春時代のはず、もちろん日々は楽しく暮らしているように見えるけれど、世間から向き合われていない、無いことにされていること、自己評価が低く、静かに世間に絶望しているダウナーな雰囲気、これが作家を含め彼らに見えている世界なのだ、ということに愕然とするのです。一方で同情が欲しいわけではないと凛と立つ姿の力強さ、他校の生徒が認めてくれること、「生きたい」とシンプルな一歩の希望のコントラスト。

「絶対〜」は、劇団・だるめしあん名義で何度か上演されている一本。上品な校風で知られる高校、評価を貶められるとして、虐げられるオタクたちと、この佳い校風を守り続けたいという生徒会の女生徒たちの一騎打ち、という体裁だけれど、いつしか引かれあう男女、ロミジュリの風味もあって、デフォルメの聞いた世界観の面白さはそのままにきっちりと。ここまでのデフォルメは役者の力づくで押しまくることが必要で、そういう意味で全ての役者がそのパワーを持てていたわけではないのだけれど、生徒会長を演じたちゃこの立ち振る舞いを記号的な面白さできっちり。アニメ研究部部長を演じたこうしはパワー押し、きっちりと背負います。 ※当日パンフには本名らしいものもあるけれど、CoRichでの表記に合わせます。

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2018.04.13

【芝居】「天国と地獄」遠吠え

2018.3.25 18:00
[CoRich]

60分、3月25日まで王子スタジオ。当日パンフと同じ配役表がネットにあるのもありがたい。

高校の演劇部。卒業式でリボンをつけあう二人の女子高生。

それまでに書いたもので圧倒的に面白い「天国と地獄」は高校演劇で求められがちすぎるので代々禁じ手にしている「等身大の演劇部の話」なので上演できず、休部してしまった二年生。卒業公演の脚本は一年生が書くことになったが、それまでは面白い脚本ができたのに、突然スランプになってしまった。大声で叫びながら試行錯誤して書き始めたのは宇宙とワタシについて一人の話の二人芝居。

高校の演劇部員たち。三年で入れ替わっていく世代交代とその上下関係の流れ、同期の間での距離感を瑞々しく描きます。
10年後に再会し芝居をしようという約束をするもそれぞれの生活があって叶わない「天国と地獄」という劇中劇の片鱗を挟みながら、時間軸を細かく前後に動かし、部活動中にそろった場面、それぞれの同期だけのシーンとシーンを切り取りながら、手拍子一つで鮮やかに切り替え、高校演劇のフォーマットである60分にぎゅっと圧縮し、スピード感のある一本になっています。

全体に若い女性たちの物語はあまりに眩しく感じるアタシですが、ずっと観ていたい楽しさ。それは、
ずっとこの時が続いてほしいという楽しさとその中の苦悩と。それは一瞬で過ぎ去ってしまうという青春な頃のほんの一瞬の美しさと、しかし「ずっと芝居しようね」という言葉をかけることが、それがそうなってもならなくても呪いのことばになってしまうこともまた青春時代、という感じでもあって。

それぞれの同期でのキャラクタの棲み分け、上下関係が歴然と存在するけれど面白いものを作り出す作家はまた特別な位置づけでもあるというのはたぶん演劇部独特な雰囲気なのでしょう。演劇部の経験はないしワタシですが、きっと将来は演劇はやらないだろうな、と描かれる劇中劇はなんか今時っぽく感じます。
三年の世代の上下関係の話だけれど、それぞれの世代の横のつながり、世代の間のギャップ、時に世代を超えて下の世代が伸していく感じ、あるいは上の世代が退場していく感じは、それぞれ十年を隔てた三十年の世代の話しに敷衍できそう、というのはちょっと踏み込みすぎなワタシの感想です。


演劇部部長を演じた石黒麻衣、同学年を演じた小島望はきっちり物語を廻して居るだけで安定感を醸すほどに。
「天国と地獄」を書いた二年生を演じた橋本美優は存在感が圧巻。脚本を期待されるが卒業公演のは書けなくなっている一年生を演じた永田佑衣は叫び声や病んだ雰囲気など少々エキセントリックだけれど、重圧を受けている感じがデフォルメされている感じ。







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2018.04.11

【芝居】「秘密の代償」「冷凍みかんと夜の灯火」ネオゼネレイター・プロジェクト

2018.3.25 15:00
[CoRich]

稽古場機能として使われることの多い横浜ベイサイドスタジオですが、実験室と称してごく小さな規模で継続的に上演の試みの一回目。休憩時間にビールまで配って大丈夫かしら、いろいろ。25日まで。


別荘に逗留する夫婦と長男、若い小間使いの女。タンスの金をくすねた女が暇乞いをするが、妻は夫か長男のどちらかと何かがあったと勘ぐり一計を演じて罠をかける。「秘密の代償」リーディグ(青空文庫)

列車の中4人の乗客、他人どおし。突然列車は止まり照明が消える。車掌がランタンを置き、会話が始まる。骨壺を持つ男は亡妻とともにかつての旅を思い出して乗っているのだという。
「冷凍みかんと夜の灯火」(1)

12人のいかれる男を。「おのまさし独り芝居予告編」

ワタシ初見の「秘密〜」岸田國士らしく、女性からの視線と勘ぐりが物語を駆動します。身内とはいえ男どもは、若い女相手なら理性は心許ないし、しかしそれなりに大きな家の嫁としては嫉妬や心配よりも、どっしりと構えて家の体裁をどう繕うかということに腐心しなければならないということ。その時代、その階級の家や男女のありかたで、現在ふつうにある形とは決していえない世界なのに、全体を見渡すとまったく古びなくて瑞々しいぐらいに、やけにリアルさを感じるアタシです。もちろん世界を構成するルールは現在のそれとは違うけれど、そのルールの上で、そう考えるかもしれない、そう行動してしまうかもしれないと感じるぐらいに現在の私たちにどこかでつながる「人の描き方」のリアルさが魅力なのです。

「冷凍みかん〜」、初演を観てるはずですが例によって記憶がザルなワタシです。SF好きの作家・大西一郎がそこからノスタルジーに4+1人で広げる物語は優しくて心地いいのです。宇宙飛行士として命を落としいまも天高い場所にいる妻への想いをもつ男、中学教師、何かが見えている女、何かを隠し持っている男たちの物語。列車が緊急停車して止まり、照明も消えてしまった薄暗い中、ランタンの炎を前にそれぞれがぽつりぽつりと始める自分語りの奥深さも持ち味なのです。







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【芝居】「Ten Commandments」ミナモザ

2018.3.24 18:00 [CoRich]

31日までこまばアゴラ劇場。 原発事故でしゃべれなくなった女、夫と暮らす日々、手紙を書き、科学者の挙げた十戒、原爆にまつわる議論のさまざま、学生たちに向けてさまざまな思索を重ねる。

2011年秋のホットパーティクルや、3年後の 2014年の見えない雲など、 原子力というものが怖い、(劇中語られる)子供の頃に目にした本を起点にして、原発に向き合う作家の内面を描く延長線上にあるような題材。事前の告知にあったような学生との議論はかなり薄くて、むしろ一人で調べたことを何度も噛みしめ、自分で対話するという体裁になっています。この作家の芝居を何本かみていると、そういう自問自答のスタイルをとるものがいくつかあります。正直にいえば、作家のスタイルが判っているからおもしろく思えるという感じはあって、そうでないと、一人語りを延々聞かされるようなむずがゆさと着地点の見えない不安に苛まれそうな気もします。

トークショーでは、作家の分身的な位置づけで原子力を怖がる立場として占部房子が演じた妻、菊池佳南が演じたのは若い頃の自分、石田迪子が演じたのは自分の冷静な部分、という種明かし的なことも。なるほど、一人が足りに聞こえるわけだ。 「トークショーがセットなのが前提」というのはネットで見かけた感想ですが、ワタシも同感です。ワタシの観た回は原発容認側と自称する大学の教師。おそらくは作家の立ち位置とは違うけれど、その間の会話、エンジニアの葛藤についてなど、同意というよりはすりあわせながら落とし所をさぐりながら、互いに敬意を持ってきちんと会話することの心地よさ。

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【芝居】「たまには海が泳げ!」クロムモリブデン

2018.3.21 18:00 [CoRich]

4月1日まで王子小劇場。

人気子役がレイプされ、犯人は逮捕され服役し長男はそれを苦に自殺している。月日が経ち犯人の妻は次男を学校にも通わせず父親が偉大だと教え込んで育てている。被害者の母と姉はレイプ事件が芝居だったと元子役を育て、男性を会うことがないように育ててきた。小説が書けない作家の前に現れたゴーストは事件を調べるよう仕向けるようになったある日、犯人が出所する。

レイプ事件、犯人の家族と被害者その家族。異なるけれどそれぞれの虚構の中に閉じこめられた子供たち。被害者はもちろん犯人の子供の尊厳を守るための懸命の母親の姿。外から眺めるワタシにはそれはとてもイビツで内容の深刻さに比べてコミカルですらあるけれど、その切実な気持ちなのです。

物語としてはそれぞれの背景を、時には少々ゲスに暴き立てるように描きながらも、レイプ犯が実は違ってその背景に被害者の姉が絡んでいることがぼんやり匂わされたり、犯人の息子が誘拐されその身代金の取引が起こるようであったりと点描。

後半部分は身代金のやりとり、何かが成立したり、ピザのようなものが組み合わさったり、突然起きる銃撃戦で母親が撃たれたりというリピートは東京進出の頃のクロムな風味を彷彿とさせます。母親が撃たれるところをトリップポイントにリピートされるのだけれど、三度目には娘が撃たれ唐突に芝居が終わります。母親の視線では娘の死こそがすべての終わり、ということかなと思ったり。誰かの心象風景という捉え方もできそうだけれど、もっと明確になってたほうが、ワタシは好きだなと思ったり思わなかったり。

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2018.04.04

【芝居】「夏への扉」キャラメルボックス

2018.3.21 13:00 [CoRich]

2011年銀座での初演作を7年ぶり、同じ季節に再演。25日までサンシャイン劇場。そのあと兵庫。

夏という未来を信じている猫、未来が出てくるまでたくさんの扉を開けろとせがむという序盤の言葉、それと対になるように主人公は陰謀にはまり頼るべき何者もない時代に放り出され、いくつかの偶然を手に入れながらも、成功するまで諦めないでずっと行動する男。時代が回ったのか、ワタシが歳をとったのか、ここまで眩しいほどにどこかに未来はあると信じきれなくなったりするアタシだったりするのですが、ちょっと思い出すように沸き立つ気持ちが立ち上がります。 もっと若い観客(あるいは小説の読者)がこの物語から自分の前途をどう感じるようにインスパイアされたか、ということはちょっと興味があります。

初演時の当日パンフにあった「SF冬の時代」は7年を経て思えば、映画にもSF原作は増えていて、もしかしたら初演時よりも老いも若きもSFに対してのハードルは下がってきているように思います。生きていれば色々変化するなと感慨深い気もします。

SFの古典的名作を世界で初めて舞台に乗せた初演は期待いっぱいで始まりました。小説で語られる猫すら(かなり大柄な)人間が演じたり、舞台のタッパ一杯のたくさんの扉とそこの前に立つ俳優たちのシーンの美しさなど細やかさは内包しつつエンタメな物語として完成度の高い仕上がりでしたが、それは311という期間にまさに重なってしまった公演としての不遇でもありました。今は亡き銀座セゾン劇場、何度かは通いながらも、あの時期のロビーや劇場の雰囲気は今でも鮮明に思い出せるのです。が、そんなことはみじんも見せずに多くの観客達にアプローチし、劇場に居る数時間を間違いなく楽しませようというさまざまな工夫はきちんとあの時のままで安心するのです。

初演で岡田さつきが演じたヒールを背負ったのは、原田樹里。美しく男を手玉に取る若き頃と、記憶を都合よく改竄されて醜悪ともいえる中年女の厚みは役者として一歩も二歩も進んだように感じます。小説よりもむしろ女優が一人で醜悪に変化する二つの年代を演じることの演劇だからこその面白さ、もちろん演じる側には相当な負担だろうと思うけれど。良き友人を演じた客演の二人、井俣太良、百花亜希も魅力的でキャラメルの座組で観る新鮮さと嬉しさと。初演に続き猫を演じた筒井俊作、主役となる男を演じた畑中智行の圧倒的な安定感はきっちりベテラン勢の領域なのです。

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【芝居】「夜をつかまえに」空飛ぶペンギンカンパニー

2018.3.18 13:00 [CoRich]

85分。山王FOREST。18日まで。

西からやってきた先祖の国には「夜」があったという記録をもとに、それがどういう物かをひもとき、夜を探す調査のための飛行船。 新進気鋭の画家を乗せ各地をみた目を言葉と絵にして記録し、各地で食料を調達し、太陽光から「アカリ」を生成し燃料や飲料に変えながらの旅の途中、大きな海を見つけ、横断することを決断するが。

「夜」を探すための探査船。自由な発想をメンバーにも求めるリベラルさをもったチームでのスタート。スチームパンクというかソーラーエネルギーパンクというか、今の私たちとは明確に違う科学技術を持つ人々。彼らが探している「夜」は、かつて自分たちの世界にもあったのに今は無く、自分たちが抱える様々な問題を解決できる画期的な何かということだけが共有されていて、それが何なのかは明確には語られないし、彼らがそれで何を解決しようとしているかも明確にはされません。

自由な雰囲気はあっても、「ヒカリ係」が意見を求められることに戸惑ったり、絵描きは目で見て回ることだけをミッションとしていて祖国からは注目を集める立場であることなど、地位なのか民族なのか何らかのカーストがあることが匂わされる序盤。それでもこの柔らかな雰囲気は、物語が進むうちにいくつかの要素で不穏に変化するのです。

一つは、進入し捕らえられる女の存在で、夜に対して何かを知っている別の民族をやや異質なものを下に見ているというこの物語での世界観が垣間見えること。 もう一つは大きな海を越える飛行が長時間に及び食料が不十分で乗務員たちが飢えることで、それまでの柔らかな雰囲気は一変し、些細なことで苛つき喧嘩し、いがみ合うようになり、わずかな食料を奪い合うように人々が変化します。更には、不十分な補給のまま観測飛行を続けるうち、戻るべきか観測を継続するべきかでのチーム決定的に仲違いすることなのです。

柔らかに始まる物語に対して、中身は相当にダークな要素のオンパレード、チームの中でのある種の差別意識、ほかの民族に対する差別意識から、極限状態となった人々の悲惨な行動、さらには自分が生きのびることですべきことの選択、という悲劇。狭い空間の中、後半は希望ががりがり削られていく物語の運び、自分の中での着地点をどう見つけるかは難しい物語ではあります。が、世界のあちこちで起こっている、強い者が支配しようとする傲慢と、虐げられる者が奮起しても負けたり勝てたりのこのパワーバランスという意味で確かに今の私たちへの地続きの一つではあると思うのです。

途中で合流した女が飢餓の末に食べられてしまうことは唐突な肉の登場と残された首輪で表現されたりと言葉を使わずに表現しようというのは判りやすくしすぎないいい雰囲気。足りない補給に対しての作戦決行でゃたとえばインパール作戦のような感じはこれか、とも思ったりまします。

正直に云えば、 物語の落差がわりと激しく見える中盤に対して、後半は嫌な雰囲気から暴力がわりとインフレ気味でむしろ平板に感じてしまうことだったり、物語が必要とする人数よりも役者が多いように感じたりはします。思わせぶりに存在する絵描きは結局何だったのかも、ちょっと知りたい感じ。絵を描いて抱えて持っているうちに胸元に画材の色が付いてしまうことが気になるけれど、妙に色気になったと感じてしまうのは、ワタシの悪い癖。

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2018.04.02

【芝居】「再生ミセスフィクションズ2」Mrs.fictions

2018.3.17 19:30 [CoRich]

短編ショーケースの人気企画・15 minutes madeの主催団体がつくってきた作品群の再演する企画(1)の二回目。 95分まで、19日まで北とぴあ・ペガサスホール。

ヤクザとして生きていくしかない町の高校の野球部。女人禁制を貫いてきた野球部は女子マネージャがベンチに入ることすら伝統的に許してこなかった。ヒーローは居たけど、水死体になって発見されたりして、その町で生まれた自分たちの行き先には希望は持てない。が、今年はなんとしても甲子園を目指すのだ。 「男達だけえ踊ろうぜ」(1)
高校の頃に告白して、その返事をもらわないまま5年が過ぎてキャバクラ嬢として働く女。告白の相手は地元でホームレスになっていて毎日見かけるけれど、まだ彼の事が好きで。彼が駅で電車を待っている.大荷物を抱えた女が追いかけてくる。「東京へ連れてって」 (1, 2)
伝統ある応援団。女人禁制だが、団員の一人が女であることがわかる。女は応援団に入って行方不明になった兄を探している。部室の奥に控える大総長は歴代の男の中の男が融合した何者かだった。その中に兄を感じる妹は兄を返せと迫る「男逹だけで踊ろうぜ2」(新作)
楽屋の鏡前、化粧をしている俳優。新人らしい若い女が女楽屋が一杯だから鏡前を借りたいとやってくる。ぎこちなく下手な化粧の慣れない女を優しくエスコートする「上手も下手も(かみてもしもても)ないけれど」 (1)

「男達〜」は、 まともな職はなくてヤクザでしか生きていくしかないような町の野球部。甲子園に進んで勝ち進んでプロになったとしたって最後はヤクザからは離れられない将来の希望が持てない町に生まれ育った男たち。女子マネは懸命にベンチ入りを訴えるのに伝統がそれを拒んでいて。甲子園に行っても希望が持てない男たちがそれでも甲子園を目指すのは、女子マネをベンチ入りさせるためのOBとの交換条件というラスト、悲壮感と、しかしここ一番戦いに赴く姿はカッコイイ。Mrs.fictionsにはいわゆるヤンキーたちの悲哀を格好良く描くのが結構あって、劇団の一つのカラーだったりもするのです。

「東京〜」は何度か上演されている一本。今作だけはMrs fictionsではない演出家の手によっています。 あくまでもフラットな感じで淡々と進む物語の持ち味は変わらないのだけれど、何年もかけたラブレターに勝てないと思って諦めた小説家志望のキャバ嬢の二人、揃っての上京なのに暖かさや希望よりは、もっと寂しい感じ。一方的に楽しい筈の女の側ですらそうで、それは何年も好き合ってきて、落ち着いたゆえの男女の温度感ということかもしれませんが。ゴキブリがちょろちょろする、という演出がいままであったかよく覚えてないのですが、どうだったっけ。

「男達〜2」は 歴代の男が融合した大総長というファンタジー。男はそういう融合をするものなのだ、ということをあたかも男だけの秘め事のように説明するのはちょっと面白いし、ある種のホモソーシャル感もあって物語によくあっています。その中で女を感じてしまってその気持ちが抑えきれなくなって服を切り裂いてしまった(宇宙人みたいな異質な者としてるのはちょっと巧い)ことで明白になってしまったけれど、皆薄々気付いていたのに「やわらかく丸みを帯びた」ものが部室に居るというだけの気持ちよさを守りたくてみな口にしないで居たというのも甘酸っぱい。兄妹の道ならぬ愛ゆえに兄が救い出されるラスト、中二感一杯だけどすとんと物語を終わらせるのは巧い。

劇団のもう一つの持ち味、ちょいとバタ臭くお洒落に男女を描くものの一本「上手〜」は、初演と同じ座組で演じられました。楽屋の鏡前、若い新人女優が来て化粧して徐々にキレイになって、という序盤から加速度的に 口調が互いに砕けてきて、結婚して、浮気の危機もあって、年月が経っていく二人の姿を早送りで。 鏡前のこの場所こそが人生、そこで二人歩む姿は愛おしいのです。男を演じた岡野康弘のこのスマートな持ち味がカッコイイ。女を演じた豊田可奈子も若いと云うより幼い序盤からレディになり、老女になりという鮮やかなグラデーションが見事。ちょっとすすり泣く声が客席に聞こえたりして。

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2018.03.31

【芝居】「プープーソング」劇団きらら

2018.3.17 15:00 [CoRich]

熊本の劇団・きららの東京公演。105分。18日まで北とぴあ・カナリアホール。

葬式や結婚式、恋人などを代行する仕事をはじめた男。ある結婚式で同業者と見破った男は何かと世話を焼きたがり、事務所を通さないオイシイ仕事に誘われる。
女は一億を当てた宝くじの引き取りと兄の葬式を天秤にかけて宝くじをとってしまったことを後悔している。もらった金はわずかな間にほとんど亡くなっている。やっと結婚できた兄の妻に謝罪しにいくのについてきてほしいという。ずっと一人暮らしだった兄が住んでいた実家はもうかなり痛んで来ていて、近隣は空き家にすることも許さず、残された若い妻は離婚したいのだという。もともと仕事が長続きせず専業主婦にしてもらうことを条件に結婚を決めたのだった。

主宰の挨拶から緩やかに始まる芝居、素舞台に並んだ箱馬、全ての役者が舞台上にずっと居続けて、少ない人数で自在に場面を切り替える劇団の持ち味はそのまま。兄が住み残ったた実家のしまい方を核にしながら、残された嫁、顔を顔を合わせづらい妹、その踏ん切りを付けるため依頼した代行業の男たち。 ごく少ない人数のそれぞれの背景を鮮やかに折り込みながら、ごく短い時間で濃密に語る物語は味わい深いのです。 それは 東京に出てバンドを追いかけていたら何も成し遂げられないまま30を過ぎ父も兄も亡くした後悔を持つ女、マルチ商法で騙した人々を救うために借金を背負った代行業のイケメンの男、スタントの役者だが怪我を治すために代行業をしている年上の男、あるいは明太子を作る仕事を手始めにあらゆる仕事でバグり専業主婦になることで生き延びた未亡人の女。それぞれにちょっとぶっ飛んだ背景で笑わせながらも、それぞれの事情の中で懸命に生きる人々を実に丁寧に描くのは作家の優しい視線。コミカルなシーンも多く肩の力は抜けながらも、多様な生き方をする人々がいる社会のある種の多幸感すら感じるのは、世間が多様性を許しづらくなってると感じるからかもしれません。

挟まれる物語もそれぞれに面白くて、妹と妻が亡くなった男がこのぼろ屋で何を考えて暮らしていたのだろうと想いを馳せるシーンだったり、年上の代行業の男がピンサロで火事に遭い自分だけは助かったが40人の女の子が亡くなったこと、その客の一人の行動がとりあげられ罰にあったのだという心無い噂話に怒ることだったり。それぞれに一本の芝居になりそうな断片なのです。

久々に実家に戻る女を演じたオニムラルミはちょっと情けなく親しみやすい造型で物語を展開。イケメンの代行業の男を演じた寺川長はマルチというバイトをしていたのにいろいろ背負い込んでしまういい人な感じ。年上の代行業の男を演じた高松良成は飄々として、しかし売れないまま年齢を重ねた役者の負い目、あるいはピンサロの話への怒りの人間臭さも良い味わいなのです。残された若い妻を演じた、はまもとゆうかのエキセントリックな造型だけれど、可愛らしく目が離せない魅力。作演を兼ねる池田美樹の軽やかになたたずまいが安心感。

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