2017.03.21

【芝居】「根も葉も漬けて」やみ・あがりシアター

2017.3.11 14:00 [CoRich]

100分。12日まで、中野スタジオあくとれ。終演後にQRコードを配布して戯曲が読めるという至れり尽くせり。

売れない漫才師、青柳と柏木。柏木は話がうまく怖い話をするバラエティに呼ばれるようになっているし彼女も居たりするが、青柳は話を作っているのに話が巧くないのでなかなか人気が出ないうえ、その部屋に青柳と彼女がたびたび遊びにくる。人気が出なかった男だがおなじ番組に呼ばれるチャンスが巡ってくるが、話が面白くないと煽られ話を稼ごうと外にでる。 が、気が付くと大雪の中、やっとの思いで見つけた家は暖かくもてなされるが、訛がきつくしゃべっていることがわからない。出された漬け物を一口食べた柏木はここはそのわからない言葉を話し、ここが実家だと言い出す。やっとの思いでそこを抜け出して家に戻る。

売れない漫才師、自分が台本を書いているのに、相方だけ売れ始め自分は面白くないといわれる焦る気持ち。面白い話を探しに出かけるとなぜか田舎の大雪の中、ある家族に助けられ戻ってくるという「トンネル」をくぐって時間が少し戻るを繰り返します。

少しの時間の逆行とその短いスパンのやりなおし。祖母の言葉、父の言葉は部分的な単語しかわからないけれど、たとえば自分が好きなものよりより売れるための選択をしていく、ということを繰り返していくことで徐々に売れるラインに乗るようになっていくこと。それと比例するように、雪の中でもてなされる家族たちのきつい訛が理解できるようになり、そこが自分の実家だと感じられるようになっていって。

それは自分を曲げて芸能界(なりその生業の世界)に会わせて自分の評価軸や行動を変化させていくということかもしれません。行きつ戻りつしつつ売れていく自分のポジションの変化。東京では手に入らない「花の漬け物を」を探す病む気持ち。行きつ戻りつを何度繰り返して売れていっても、漫才で二人で売れる結末にたどり着かないこと。

終幕近くになり、「ねっきり、はっきりと云われていたのは俺ではない、これは俺の友達の話だ」ということに思い至ってもとに戻ります。一回りスパイラルしてもとの場所に戻っているけれど、自分の物語を行きたいのだということを明確に意識して一歩を踏み出すのです。

訛りの言葉、でたらめではなく作り込まれた意味の分からない会話がちょっと凄い。戯曲を読むと繰り返すうちに徐々に耳がなれたかのように、徐々に意味が分かるように普通の日本語を交える割合を変えて台詞を変化させていくのが楽しい。同じような行動の繰り返しを演じる間引き方も丁寧です。

相方の彼女を演じた加藤睦望がちょっとぶっ飛んだパワフルさで物語を引っ張り強い印象を残します。

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2017.03.20

【芝居】「未亡人の一年」シンクロ少女

2017.3.10 19:30  [CoRich]

130分、12日までスズナリ。再演とのことですが、アタシは初見です。

夫を亡くして三年が経つ女はまだ忘れることができず悲しみに暮れる日々を送り、母親と二人で暮らしている。その二階に母親が住まわせている男は小説家になりたいと願って長いがモノになっていない。母親は娘に笑顔を取り戻す一助になればと男性の家事手伝いを依頼する。
もうひとり夫を亡くして十年が経つ女も夫を忘れることができず酒浸りで、中学生の娘のことは面倒で毎日のように隣の家に食事を食べさせに行かせて、その家の大学生の息子は密かに好意を持っている。酒浸りの女の女友達は男運が悪いが、小説家志望の男と恋人になり、その恋人を紹介しようと連れてくるが、小説家志望の男は働く気もなくモノになるまでは養って欲しいという。

椅子とテーブルのダイニング、ソファとのリビング、和室という三つの場所プラス街角風の場所を設定。夫を亡くして時間が経つのに立ち直れない二人の相似形の物語。一人は小説家になり母親に心配され最初は望まないけれど恋人を作るに至り、一人は女友達の恋人の小説家志望のダメ男が入り浸るようになり。相似形に見えている二つの物語は、やがて時間軸上に一つに連なる物語が現れます。

夫を亡くしずっと立ち止まっていたそれぞれの女が恋人や「兄」と出会うことで新たな一歩を踏み出すという成長をシンプルに描いた物語は、二人の時間の流れのみならず、親子である二人が相似した人生を歩んでいることを描くという構造によってぐっと奥行きを増すのです。

先の時代の未亡人の前に現れた小説家志望は恋人にはなり得ないけれど、亡夫のことだけで精一杯で、女友達ですら慰められなかったけれど、止まっていた人生をわずかでも進められるかもしれないという気持ちを持たせてくれた男。その男と一緒に暮らすためにとっさについた「兄」という嘘、それは中学生の娘にすらあからさまに嘘だとわかるけれど、それを見守ろうという娘。

並行して語られる後の時代の未亡人を見守る母親はもしかしたらかつての自分の人生に重ねているかもしれません。だからこそ恋人とは限らなくても同じ屋根の下で暮らす他人が必要なのだということが思いつくのかなぁと思ったり。 時におしゃれな音楽で映画が好きと公言する作家のいろいろな引き出しの断片が垣間見えるのも楽しい。とりわけタップを踏むおしゃれなミュージカルナンバー風のかっこよさ。

正直にいえば、終幕近くが少々長い印象。二つの場面の関係は割と早い段階でわかる上に、台詞としてそれが語られるのも割と早い時間だったりして、そのあとにいくつかの小さな会話が続くのが長さを感じさせる理由なのかもしれません。

先生と呼ばれる未亡人を演じた石黒麻衣、ワタシが座った席が序盤表情が見づらかったせいもあって、喋り方が作家・名嘉友美に似ているなぁという印象。丁寧できちんと。その母親を演じた泉政宏は年齢を重ねたおばさん感が程よくいいのです。呑んだくれる未亡人を演じた川崎桜、前半のあまりに進まない感じから先に進むものを見つけてからの瞬発力。その娘を演じた三澤さきは、子供と大人の境界という難しい役、笑顔と怯えのダイナミックレンジが印象的。家政夫を演じた諫山幸治はやけに不躾な造形で、身近に居たら嫌だなとは思う感じだけれど、彼女にとっては必要な存在だというのが作家の優しい視線。

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2017.03.16

【芝居】「鍵泥棒のメソッド」キャラメルボックス

2017.3.5 13:00 [CoRich]

2014年初演作の再演。 12日までサンシャイン劇場のあと大阪。120分。

映画のDVDまで見たのに例によってストーリーをあまり覚えてなかったあたしです。なにごとも中途半端な貧乏役者と裏社会で暗躍する冷徹なヒットマン、少しの出来心で入れ替わる人生。冷酷なヒットマンだけで居たら知り得なかった暖かな恋心の芽生えは成就し、貧乏役者にも新しい恋の予感。もしも〜だったら、の連続をスピーディに紡ぐ物語はさながら冒険活劇も恋物語も盛りだくさんで実に楽しいということを再発見できるのも、記憶力がザルなアタシの楽しみの一つかもしれません。

編集長を演じた実川貴美子、前半のつんとした少々いけすかない感じはある種のツクリモノ感に見えてしまうのは、あれこれの彼女の舞台を観ているからかもしれませんが、それが後半に向けてどんどん可愛らしく変化していく(それを自宅に招いて料理、というあまりにシンボリックなそれで感じてしまうアタシもどうかと思うけれど)モーフィングにキュンとくるアタシです。ヤクザを演じる石橋徹郎、テレビドラマ撮影の場面でも実に軽くて楽しい。このあたり、キャラメルのある種の育ちの良さの土壌とも、商業演劇にありがち(といっても数を観てないアタシですが)のテレビバラエティ臭さとも違う、厚みのある軽さとでもいうべき奥行きに唸ります。 西川浩幸、大森美紀子の夫婦だったり警官ふたりだったりというのはもはやバカップルっぽさなのだけれど、それは劇団のある種のお約束。 助監督と猫娘を演じる金城あさみの若者感、 情婦を演じる森めぐみの生活をもっている、しかしキレイなお母さんな感じ。

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2017.03.15

【イベント】「逮捕(仮)」(月いちリーディング / 17年3月)劇作家協会

2017.3.4 18:00 [CoRich]

2012年にシアターグリーンと中井美穂による企画公演として実施された「落語」を題材にしたショーケース企画での上演作を、今年のリブート再演に向けてのブラッシュアップ。座・高円寺 稽古場にて。本編60分ほど。本編、ディスカッションの録画があります。

噺家の師匠が妻の妹に暴行を加えたとして逮捕された。弟子たちも一番下の一人以外は逃げてしまった。間近に迫った一門会は無理かと思われたが妻と捜査に来た警官の奇跡的な頑張りで乗り越えた。妻の妹は弟子を誘いあのときの再現をしてみせるが、弟子はそれに師匠の姿を重ね果てる。家を引き払おうというその時、妻の妹はほんとうは暴行を受けていないのだと告白する。

噺家自身は登場せず、その妻とその妹、一番若い弟子、警官という四人の芝居。妻の妹が噺家に対して実はかなり想い入れているのにもかかわらず、結婚してしまった姉のとの距離感をめぐる構造。暴行を受け引退に追い込まれる噺家だけれど、それはもう最近は高座もままならなかった噺家を引退させるための一芝居だった、ということかと思います。暴行という物騒な幕開けにもかかわらず、わりといい話に着地させようという感じか。

ろりえ、というよりは作家・奥山雄太の描く世界はやたらに長かったり、コミカルさのバランスが実は少し苦手なワタシです。今作においてもわりとその印象は変わらなくて、四人の人物の気持ちの動きが唐突だったり、なのに元ストリッパーとか、落語の存在自体を知らないのにやってみせたら天才的に巧い警官など、短い芝居に物語には貢献しない枝葉を詰め込み、という感じがちょっともったいない感じがします。

ブラッシュアップの議論を通じて思ったのは、この軽い物語を実に大まじめに作っているということはよくわかるのです。観客との対話というか議論も実にスムーズだし質問への受け答えも実に真っ当。劇作家だとしても必ずしも議論の対話が巧い人ばかりではないk、というのはこのリーディングでいくつか目にしてることだけれど、今回の議論はそういう意味の苛つきは皆無なのです。

議論になったところの多くは、暴行・レイプという題材の扱いでそのわりにけろりとしている女性という人物造形の説得力の無さだったり、その題材ゆえに、実は作家が語りたいコミカルで人情溢れる物語に入り込めないと感じる観客が一定数いるということでした。それもきちんと伝わる感じ。は議論の醍醐味。ゲスト・柴幸男はそれをホワイトボードまで持ち出して分析し、「暴行事件の起きた直後」「そんな中でも開催する一門会のバタバタ」「一門会直後の夜」「後日談」で二番目が分断の原因で、それなのに二番目がそれなりに長くて面白い。抜けば簡単だけどそれじゃ作家の個性だと思うので順番を変える提案。(議論の90分ぐらいのところ)。実に判りやすくて、一目瞭然。

落語の巧い警官を演じた清水伸は、パワフルに押し切っていて好印象。劇団の公演では堀越涼が演じたという話しを耳にして、なるほどそれは役者の特性に依っているのだという印象を持つアタシです。

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2017.03.13

【芝居】「The Dark(ザ・ダーク)」オフィスコットーネ

2017.3.4 14:00 [CoRich]

イギリスの戯曲、日本初演。105分。12日まで吉祥寺シアター。

同じ間取りが連なる三件のテラスハウスに暮らす家族たち。夫を亡くした女が同居する女は息子が幼児性愛だと思われ近所の子供たちが騒いでいる。子供を産んだばかりで神経が高ぶって寝られず社会復帰もままならない若い夫婦。15歳の息子が引きこもりネットにとらわれていて互いの会話も少なくなってきた夫婦。顔は知っているものの、日常的にはあまり会話をしない家族たち。ある日、この一体が突然停電になる。明かりを借りたりと互いの家を行き来する。

何層にも積み重なったいくつかの部屋。三つの家族が同じ間取りのテラスハウスに住んでいるという設定を巧く生かして、三つの家族の暮らしを重ね合わせるように描く世界。時にプロジェクションマッピングを使ったり、同時多発的な会話があったり。作り込まれた舞台のセットはかっこいいし、洒落ています。

家族たちは顔見知り程度ではあるけれどそれほど親しいわけではなく暮らしていて。老いつつある母親と息子、子供が産まれ体調も戻らず苛つく若夫婦、引きこもりの息子を抱える夫婦。 ハンマーを振り回したり自分がガンではないかとおびえたり、赤ん坊に苛ついたり、理由なく犯罪者扱いされたり、世の中が何もかも謀略に満ちていると思いこんだりと、みなどこか不穏なものを抱えているのです。

あふれる光と音の中、突然訪れる停電と暗闇。それぞれが隠している気持ちが表に現れれるもの。 引きこもりの子供は外に出て他の家に忍び込んだり、夜に不満のある妻が若い男をベッドに誘ったり。それは一夜の夢のようなのです。

見た目に美しくスタイリッシュな舞台。同時多発をつなげるかのように、別の組の会話の言葉が重なって場面がつながるようなところもたくさん。台詞と段取りが過剰に多くて、私のみた時点では言葉を紡ぎ成立させることと段取りに役者のエネルギーがとられている、という印象です。長い公演期間ですから一週間経つとずいぶんこなれるのではないか、という予感も。 ワタシにとっては少々スタイリッシュにすぎたり、台詞のつなぎの遊びがこなれてない感はあって、人物の奥行きが見えづらい感じがします。それは英国人のメンタリティをアタシが理解出来てないから、という可能性も捨てきれませんが。

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2017.03.10

【芝居】「もれなく漏れて」ぬいぐるみハンター

2017.2.27 20:00 [CoRich]

ぬいぐるみハンターの新作。100分。28日までOFF OFFシアター。

山奥で暮らしているおじいさんと少女。少女は世の中のことをほとんど知らないままこの場所で暮らしている。羊飼いの少年と、迷い込んだ犬との日々は楽しいが、心臓の持病がもうおじいさんの手には負えず、里から女医とその娘を連れてきてみてもらうことになる。

山奥で暮らす少女とおじいさんと羊飼いとなればハイジだけれど、どこかちぐはぐな感じの背景設定。それは人間なのに犬として暮らす男だったり、里からつれてこられた女医と娘が妙にエキセントリックだったり、ポップというかロックというか、それぞれがマンガのようなちょっと壊れた人々。

その中で女医が連れてきた同年代の少女とのファーストコンタクト、「どこ中?」で距離を計るプロトコルが楽しい。

コントを積み重ねるような笑いを重ねながら、哀しい少女の出自が見えてくる後半だけれど、それを泣きにつなげません。おじいさんにしても女医にしても周りの大人たちが、大人になりつつある少女に少し戸惑いながらも最大限にささえているのはどこか優しい感じ。それなのに間抜けに見えてしまう人々の姿。

対して少女のほうはびっくりするほどからりとしているのです。そういうものだ、と出自を知っても受け流すよう。強がりなのか本当に何とも思ってないのかはわからないけれど、こういう状況でも明るい少女、というのは、そうだ、ぬいハンの得意な人物造形なのだと思い至ります。

少女を演じた見里瑞穂は、まさにこういう造形が印象的。ドヤ顔をいちいち決めたりいたずらっぽい笑顔。いちいち見栄をキメるように客席を向くのは今作においては様式美のようですらあって芝居にフィットしています。 おじいさんを演じた安東信助は、聴診器を少女の胸に当てるのに戸惑うような意識するようなライトないやらしさはバランスの難しいところだけれど気が弱そうなバランスが巧いところ。

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2017.03.09

【芝居】「ミラクル祭(ミラフェス)'17」(B)シアターミラクル

2017.2.26 14:00 [CoRich]

シアターミラクルに関わる劇団による対バン形式の企画公演。110分。26日までシアターミラクル。

意識高い系主婦、パート先の知り合いがパート先の友人の家を泊まり歩いて家にいる。フリマに行くと向かいになった初参加でガサツなおじさんと知り合いになり飲みに誘うと、医者で金持ちだとわかる。家に来ている泊まり歩きの女性は掃除も何でも器用にこなすのでむげに断れない。パート先の別の人が家事を目当てに泊めたいというのもなんか違うと思っている。医者は離婚したばかりで女子高生から主婦まで医院はファンの患者であふれている。が、患者たちの好きだという気持ちは受け入れない。 「CANDY CITY」(MU/ハセガワアユム)
子供の頃、宇宙船のゲームが迫力いっぱいで遊ばせてくれた博士は突如失踪して15年経っている。大人になったら遊びに来いという言葉を思い出して、あのころの友達を誘って行った博士の家はアンドロイドが守っていた。タイムトラベルで2017年に戻ってみると実は地球に小惑星衝突の危機が迫っていてNASAの作戦は失敗している。博士はかつてのゲームが実は本当の宇宙船だといい、かつての子供たちに地球を守るために小惑星破壊の作戦決行を依頼する。 「やねうらコスモス」(ミックスドッグス)

MUはいつものようにねじれてる人々。フリマのがさつなオジさんが医者だとわかると俄然モテるし、泊まり歩いている友人が家事のエキスパートだと断れないし、家事目的で誘うのは間違ってると思ったりする。人の評価は評価する人で決まるのは当然だけれど、評価される人との関係や見え方が変化すれば評価はあっさり覆る、という当然のこと。 医者のファンになって足繁く通う女性たちの描き方を酷いという向きもありましょうが、物語とは離れて男女誰にでもありうること、と見えてくるアタシです。オジサンを演じた織田裕之の微妙にがさつな感じが楽しい。意識高い主婦を演じた加藤なぎさを拝見するのは久々な気がするけれど、ツンとすました感じも好きになっちゃって追う感じもきっちり。しかし、MUは見つけてくる役者がみんなカッコイイし情けなくて奥行きができるのが安心感なのです。

ミックスドックスはおそらくアタシは初見です。子供の頃にゲームだと思ってやっていたことが実は地球を救っていることだったり、時空を越えたり。人々が基本的には前向きということも含めて、アタシの友人がキャラメルボックスみたい、と教えてくれたのだけれど、なるほど。

バック・トゥ・ザ・フューチャー風味、のアクション。いろんな振動やショックを役者たちが身体ごと飛んで床に落ちるということを繰り返します。カラダを張ったアクションだし、若い役者だから成立する旬というのは大切だけれど、正直にいえばインフレを起こしすぎていて勿体ない気もします。

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2017.03.07

【芝居】「陥没」 bunkamura+キューブ

2017.2.24 18:30 [CoRich]

シアターコクーン×ケラリーノサンドロヴィッチの昭和三部作( 1, 2) の最後を飾る一本。 15分の休憩を挟み3時間20分。26日まで。立ち見のすべりこみ。

東京オリンピック、ホテル経営を夢見る父親を交通事故で亡くし跡を継ぐ女。一度結婚したがハワイの視察旅行での浮気を素直に告白した夫を許せず離婚し、死ぬ直前に大阪父が知り合った男が莫大な借金を肩代わりするといって結婚するが、実は男自身も金に困っておりホテルを売り払おうと画策している。
開業目前のある日、元の夫の再婚に向けた婚約パーティを提案するが、さまざまなトラブルが起きる。亡くなった父親はまだ成仏できないまま娘のことを見守ろうとさまよっている。 -->

かつての東京オリンピックを背景に亡父の意志を継いでホテル経営に乗り出す女のあれこれの苦労と、離婚したもとの夫の婚約パーティをどたばたの物語。

わりと重厚な芝居も増えている作家ですが、今作においてはあくまで時代はレトロやすれ違いという状況を作り出すための背景にすぎず、あくまでも混乱の中で再発見する恋心、という雰囲気。 亡父の幽霊や人々に乗り移る人魂風の神様がよかれと思って引き起こす混乱は「夏の夜の夢」を思わせる道具立てで、よりいっそうロマンチックなファンタジー仕立てとなるのです。

ベースはイケイケどんどんな時代を下敷きにしたコメディでありながらも、芸達者な役者たちが演じる登場人物たちはあくまで、その人なりの整合を持った一人の人間で厚みというか説得力があります。 久々の長時間のコクーン立ち見はさすがに腰にくるもので、正直にいえば、丁寧すぎて少々長く、いい歳をしてやるもんじゃないなと反省したりもします。じんわり面白く沁みるという味わいの一本であって、そういう意味では派手さには欠けるというのも正しい評価だろうと思います。それでもしっかり人が入って超満員というのはたいしたもの。

生瀬勝久はいい人に見せて後半、惨めなまでに金に汚くすがりつこうとするヒールっぷり、どこまでも未練がましい汚さを存分に。ヒロインを演じた小池栄子は本当に可愛らしく健気な女性をきっちりと。やけにモテる年嵩の女性を演じた犬山イヌコは夏夢っぽさを作り出す困り顔がカワイイ。

昭和三部作、とはいいながら今作に限らず以前の日本をあまり覚えてないアタシです。今までのものの感想を観てもわりと薄味に感じるという感想が散見されたりするのもこの三部作の特徴です。普通の重厚な芝居を普通に見えるように作り出すというのも実はちょっと凄いことなんじゃないかと思ったりするのです。

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【芝居】「ひとごと。。」だるめしあん

2017.2.24 14:00 [CoRich]

フィクションではありながら、熊本の震災、熊本出身の作家やカメラマンの親友など現実にリンクした100分。26日まで梟門。 拝見した24日昼の回は、劇中に登場する地元のカメラマンの親友・カワバタマイとのトークショーが設定されていました。

熊本を離れてもうずいぶん経つ女。高校の頃のちょっと優しい共感してくれる先輩が亡くなったと聞く。つきあっていたのは20年前。
バイト先、時々ヘルプに入る男のことがバイトの女たちの間で噂になっているが、実はつきあっていることが言い出せないし、彼氏がバイト先の女たちの間で噂になっているのもいい気はしていない、その上二人はセックスレスで女は欲しいと思っているのに彼氏にその気持ちがないのがイヤだと思っている。熊本に行こうと思っていたのに、彼氏に誘われた温泉旅行になびいてしまう。熊本の彼のことを思いだしてしてしまう。男は求め女は求められるという偏見、話し合うこと。webメディアの編集の妹。はじめから好きじゃなかったといわれてしまったこと 地元の友達が熊本の写真を撮り写真展を開くのを聞いて、東京での写真展を手伝いたいと思う。

それぞれの役者の地元語りを発端に、 311ではボランティア活動にも積極的に参加していたけれど、2016年の熊本の震災では地元に戻れなかった作家の女。元カレが死んだらしいということを聞いて慌てたり、家族や友人たちは無事で東京の仕事や恋人が大切で、1年が経っててしまって現地を訪れないままに「ひとごと」になったところから始まる物語。

元カレの死を知ったのが震災直後なのか一年後なのかいまひとつわからない(見逃したのかも)のだけれど、地元に何もできないままのヒトゴト、一方でそれでも意識高く正論として熊本に向き合おうしている知人が少し眩しくてすこしうざったい感覚を持ちつつのもやもや。地元でカメラマンとなっている友人が震災の「旅する写真展」を東京に呼ぼうといういう決意が、徐々に「ひとごと」となっていた地元を東京に引き寄せるような感覚。

それと並行するように、亡くなった元カレを思い出すこと。今の恋人は大切で尊敬しているけれど、セックスレスであることへの悩みというかもやもやというか寂しさというか。元カレを思い出し抱かれるシーンはコミカルさを排して描く「求める気持ち」。いつもの作風とは少し違うテイストを感じます。それは切実で切なくて、そしてとてもセクシーなのです。離れている地元と離れてもう会えない元カレに触れたい近づきたい気持ちが相似形のように描かれることこそが、作家自身の地元への距離感の描き方なのだという一種の芸風でその切実さに心が動くのです。

バイト先の「最低賃金が上がったから時給あがった」みたいな切実さの地に足がついた感じ、演劇の友人たちとの被災地に対する距離感の対比など、作家自身の生活の感覚や地元との距離感への思い悩みを支えるシーンではあるのだけれど、正直に云えば、中心となる物語に対しては少し距離があるように感じるのは気のせいか。そういう意味ではバイト先の女の子が実は女性が恋愛対象だ、というあたりは物語に対して少し勿体ない印象が残ります。

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2017.03.06

【芝居】「こしらえる」無隣館若手自主企画(松村企画)

2017.2.23 19:30 [CoRich]

青年団・無隣館の松村翔子作演による公演。26日までSTスポット。90分。

人気の飲食店を支えるパティシエが無断欠勤している。女にもだらしないし飲んでばかりだが二日連続の欠勤となり心配するスタッフたちだが、店は忙しい上に混乱している。シェフの男とホールアルバイトの女は不倫関係になっている。シェフの妻は猫が居なくなったとふさぎ込んでいるが、愛人にペットの猫として一緒に暮らさないかと提案し、女はそれを受け入れる。
森の中、一人彷徨う男がいる。

森の中を彷徨う男、という風情の山縣太一のシーンをすこしシリアスで詩的な雰囲気で挟みながら、忙しい飲食店の混乱と、愛人をペットにしようという妻の提案のシーンで構成される舞台は喜劇、という感じ。 愛人をペットにしようと提案する上にそもそも存在しない猫を探し続ける妻は文字にすると少々病的な感じですがコミカルを強く造形します。

猫が行方不明といいながら実際には猫はそもそも存在していなくて、流産が原因で妻が思い込んでいること、いっぽうで森を彷徨い死んでいくのは酔っ払ったパティシエなのかと思いきや猫だということが終盤で示されます。飲食店や妻と愛人という「人々の物語」の中では現実には存在しないはずの猫が森の中の物語には存在し、人々の物語で居るはずのパティシエは実は森の物語では描かれていないという形で互いの存在がクロスするような不思議な循環を見せます。

妻を演じた島田桃依の怖いぐらいに病的な存在をこれだけコミカルに描き出す存在感が凄い。その夫を演じた海津忠のフラットさはやってることはだらしないけれど、観客から地続きの視座が心地よい。不倫の女を演じた 井神沙恵に首輪となると何かのプレイかというぐらいにペットっぽさ、強い色気。椅子のパフォーマンスで森を彷徨う男もしくは猫を演じた山縣太一、酒と女にだらしない、という妙な説得力とパフォーマンスの静かさが醸す哲学っぽさの同居が楽しい。

無隣館というよりは「三月の5日間」 (1, 2)のミッフィーちゃんの、という方がアタシには強烈な印象を残す松村翔子、愛人と妻のぶっ飛び具合にあのミッフィーちゃんを勝手に重ねるアタシです。ディック・ブルーナが亡くなった直後にこれを観るというのも(勝手に)感慨深いのです。

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